楊 暁捷 (X. Jie Yang)

カナダ・カルガリー大学。 ブログ「絵巻三昧」で発信している(http://emaki-…

楊 暁捷 (X. Jie Yang)

カナダ・カルガリー大学。 ブログ「絵巻三昧」で発信している(http://emaki-japan.blogspot.com/)。

最近の記事

秋の色

ここ数日、雑事が溜まり、読書の時間を取ることは思う通りにできなかった。なにかの話題を提供する代わりに、散歩道の写真二、三枚を並べ、周りの風景を共有しよう。 あっという間にすっかり秋となった。一日続く小雨にあと、さわやかに晴れ上がり、明るい太陽が昇った。それでも、朝の気温は零度ぐらいしかならなかった。 木々の色は、急速に変化した。この季節特有の、毎日のように木全体印象が刻々変わり、見るたびに前回の記憶を呼び出そうとする思いに駆られる短い時期となる。 よく言われるように、人

    • 実朝の花押

      「鎌倉殿の13人」、今週の第35回「苦い盃」は、相変わらずに楽しませてくれた。来週への展開に、時政が実朝に向かい、「花押をいただきたい」と言って、下文を騙し取るという件があった。いかにもドラマチックなものだった。 ここにまた花押がクローズアップされた。思わず実朝の花押とはどんなものだったのかと惹かれ、二、三調べてみた。 北条の諸代執権の花押を調べたとき、頼りにしていたのは、東京大学史料編纂所が製作した「花押データベース」だった。同じデータベースはいまも公開されてはいる。し

      • オーディオブック『黒牢城』

        ひさしぶりにAudibleの会員を再開した。宣伝などで知った自分にキャッチなタイトルは、米澤穂信の『黒牢城』。戦国ものは楽しみリストの一つであり、数々の受賞も加えて、かなりの出来栄えの一冊のようだ。全編朗読は16時間超、ほぼ一週間の隙間時間をかけて終わりまで聞き通した。期待に違わず素晴らしい小説だった。 じつを言うと、この作者の作品ははじめてなのだ。どうやら時代小説を専門としていない作家だが、それにしても、落ち着いた物語の展開だった。小説の売りの一つは、主人公たちの会話。さ

        • グーグルマップ・ローカルガイド、続く

          メールボックスを開けたら、グーグルマップから送られてきたメールが一通入っている。このころ定期的に送ってくるもので、利用の感謝と、アクセスされている概要などが纏められている。主に個人の旅行記録として写真を選んでいる身としては、なにかと和む。 これまで、ここでグーグルマップについて三回ほど記した。(「グーグルマップに地名を追加する」、「グーグルマップに地名を、続く」、「グーグルマップ・ローカルガイド」)。その後、新たに気づいたことと言えば、主につぎの二つがあげられる。 一つは

          GIF動画で書き順を伝える

          文字、とりわけ古典などにみられる古い書跡をパソコンの画面で伝えることは、楽しい。単純にその書かれた順番を示すだけでときにはまったく新しい印象を与える。ここに、すでに何回となく触れてきた文字絵の「いぬ」を実例に記してみたい。(「江戸の犬は怒りっぽい」) 書き順を動画にという目的に特化したツールもいくつかあるようだ。ただ、AdobeのAfter Effectsには専用の機能が用意されており、やはりパワフルなのだ。ちょっと時間をかけて、その使い方を模索した。そのプロセスなどを備忘

          GIF動画で書き順を伝える

          狐拳

          先週に引き続き、拳の話をさらに一題加える。 拳という言葉は、昔の遊びを意味する。今日の暮らしの中で親しまれているのは、同じ拳であっても、じゃんけん。グー、チョキ、パーは、だれでも一度は経験しているはずだ。じじつ、海外にいても、日本語上級生の学生を相手に、ときどき他愛ない順番などを決めたりする時には、学生同士にじゃんけんで争わせることがよくある。そういう場合、若者たちはきまって嬉々とした顔になり、不得意な友達に教えてあげながら真剣に取り掛かり、周りはささやかな日本文化の披露会

          拳の教え方

          「拳」という、酒宴のうえで酒を飲み、飲ませるための遊びがある。いまではほとんど見かけなくなり、いつの間に神秘なベールに包まれるものとなった。それでも、かつて暮らしに笑いや賑わいをもたらしてくれたものとして、ときどき話題になる。 拳のルールというのは、思いのほか簡単だ。だれでも楽しめる、たとえ酔いが回ってきてもこなせるということが前提の遊びだから、思えば当たり前のことだ。それを簡単にまとめると、およそつぎのようなものだろうか。 遊びは二人でやる。拍子を取ってそれぞれに二つの

          鉄橋の眺め

          先週、ちょっとした小旅行に出かけた。いまだ本格的な旅が出来ず、近場を回ることにした。選んだのは、「ロッキーマウンテニア鉄道」。百キロ離れた山中の観光地から出発し、千百キロほど離れたバンクーバーまでの一方通行の列車の旅だった。途中、ホテルに一泊し、車なら十二時間程度の距離を、正味25時間以上の乗車を記録し、ゆっくりした移動であった。列車は、車窓という言葉が対応しない一面のガラス壁、ゆったりした座席、贅沢な飲み物や食事といった、言葉通りの観光列車だった。 貴重なサービスは、ほと

          時政の花押

          大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。その時代考証がしっかりしているとの評判だ。先週放送した「名刀の主」の中にも、それを物語る光る一瞬があった。 話を山場へもっていく群像の行動には、梶原景時への連名の訴訟が作成された展開があった。その署名はしっかりと画面に映り、人名、署名、そして花押の三部構成だった。時政の名前も発起人として一番最初に書き込まれたのだが、物語では、計算高いりくによって切り落とされた結末となった。 思わぬ形で鎌倉の面々の花押が目に飛び込んできた。かつて時間をかけてそ

          北斎の文字絵

          これまで一か月以上かけて、集中的に北斎の浮世絵六歌仙シリーズの文字絵を解読してきた。先週をもって一通り六枚の作品を読み終え、ほっとしている。 絵に文字を盛り込み、それを読み解くように鑑賞者に謎かけを仕掛ける、これが絵師北斎の一つの工夫にほかない。文字の中身や形を見出してしまえば、どれも大したことではない、分かり切った答えに見える。だが、最初にこれらの絵に対面したころ、けっしてそういう感覚ではなかった。読み解いていくうちでも、何回も無理だと諦めはじめた。思えば、文字絵とは絵師

          文字絵「おのゝ小町」

          北斎の文字絵六歌仙を読み続け、今週はすでに最後の一枚となる。いかにも華やかな作品で、「小野小町」だ。所蔵は大英博物館である。 まず、上段に書き込まれた和歌。 色見へてうつろふものは世の中のひとの心の花にそありける 色見へで/移ふものは/世の中の/人の心の/花にそありける ちらし書きのスタイルを取り、最後の「ける」の二文字は、右側の端に持っていった。左側に十分な空間を残しながらの対応で、王朝文化への一つのささやかなリスペクトだと言えよう。 今度も読み取るまでに苦労した。

          文字絵「おのゝ小町」

          文字絵「大ともくろぬし」

          今週の歌人は、大伴黒主。まずその歌を読んでみよう。『古今和歌集』の序に取り上げられて、六歌仙の一人に数えられながらも、百人一首には選ばれなかった歌人である。 かゝみ山いさ立よりて見てゆかん年経ぬる身はおひやしぬると 鏡山/いざ立ち寄りて/見てゆかん/年経ぬる身は/老いやしぬると 北斎の浮世絵に描かれた文字は、今度もすぐには答えが出てこなかった。読み取りを振り返ってみると、すぐ分かったのは、「と」、「ろ」だった。これで一つの方向性が見えた。続いて、「も」。「く」は形がはっき

          文字絵「大ともくろぬし」

          文字絵「ふんややすひて」

          引き続き、北斎の文字絵六歌仙を取り上げたい。今週の歌人は、文屋康秀。この一枚は、同じく大英博物館所蔵で、このリンクからデジタル画像を鑑賞することができる。 上段に書き込まれるのは、百人一首にも収録された歌である。嵐を詠みあげたもので、多くの人には、「あらし」と言えば思い出される名フレーズである。 吹からに秋の草木のしほるれはむへやまかせをあらしといふらん 吹くからに/秋の草木の/萎るれば/むべ山風を/嵐といふらん 絵に織り込んだ文字は、歌人の名前で、「ふんややすひて」で

          文字絵「ふんややすひて」

          文字絵「へんぜうそう正」

          今週は、北斎の文字絵をさらに一枚取り上げる。同じく大英博物館所蔵のもので、このリンクから全容を鑑賞することができる。 歌仙の名は、僧正遍昭。絵の上段には、かれの和歌一首。『古今和歌集』に収録されたものである。 はちすはの/にこりにそまぬ心も/てなにかは/露を玉とあさむく (蓮葉の、濁りに染まぬ、心もて、なにかは露を、玉と欺く) そこで、文字絵である。この一枚は、この六歌仙シリーズの中でも読みやすいほうで、「へんぜうそうじやう」という歌人の名前を、すべて仮名で表記している

          文字絵「へんぜうそう正」

          文字絵「きせんほうし」

          デジタルで公開されている浮世絵をあれこれと眺めているうち、このような一枚が目に飛び込んできた。あの葛飾北斎が描いた文字絵である。 まず、画の全容を眺めよう。大英博物館蔵で、このリンクからデジタル精細画像にアクセスすることができる。 上段には、歌人喜撰法師の名前と、かれが詠んだ和歌。「百人一首」に収録され、広く知られたものである。 我庵は、みやこのたつみ、しかそすむ、よをうち山と、人はいふなり この一枚の眼目は、歌仙絵に描き込まれた文字にほかならない。目を凝らして見つめ

          文字絵「きせんほうし」

          大仏開眼

          「鎌倉殿の13人」、毎週のように見ている。大河ドラマをここまで真剣に追い続けるのは、思えばはじめての経験だ。物語の進行から場面の構成にいたるまで、いろいろと楽しい発見があり、勉強になることが多かった。 第22回の放送では、後白河院の死が取り上げられた。ドラマの中で、名のある人物がつぎつぎと非業の死を遂げてしまうことが大きく議論されているもようだが、その中で、後白河院は、いわば自然の死を迎えることができた。そして、ドラマでの数々の死に伴われる衝撃や追想の念は、なぜかこの人物に