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夕遊の言の葉

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言葉や外国語、海外生活に関する記事をまとめてみました。
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耽美をめぐる社会情勢と魅力『BLと中国』周密

以前から興味を持っていた分野なので、すごく読みたかった本ですが、発売前から重版がかかるほどとは。ドラマ『陳情令』の原作『魔道祖師』や『天官賜福』の作者・墨香銅臭さんのインタビューが掲載されていた『すばる』2003年6月号もすごかったですから、当然といえば当然なのかも。 さて、周密さんの『BLと中国』は、日本でいわゆる「BL」とされる物語が、中国では「耽美」(Danmei)と呼ばれている、その語源からたどります。日本が新しいもの=外来語を使って付加価値つけて表現するのに対して

(ある時代の、ある身分の)女性の名前のこと

初対面の人とあえば、○○ですと互いに自分の名前から自己紹介をはじめる。そんなとき、僕は頭の中で、この人の名前をどう書くんだろうと自分のなかの音訓の知識を駆使してあてようと試みるが、これがなかなか難しい。 それは現代の人々の名前で用いられる漢字と、常用の漢字とでは訓が(ときには音も)かけ離れていることが往々にしてあるためである。 しかし、それはなにも今にはじまったことではなく、古来、日本において名前に用いられる漢字の読み方は尋常の読みとは異なっていたらしい。近世の考証随筆を見て

好みすぎる中国古代史ミステリー。『蘭亭序之謎』唐隠著、立原透耶監訳

中国の長い歴史の中でも、一番華やかな時代のイメージがある「唐」。7世紀から10世紀まで、日本でいえばざっくり奈良・平安時代です。このミステリーの舞台は、めちゃくちゃ栄えていた唐が、楊貴妃を愛したことで有名な玄宗皇帝の時代に起きた安史の乱の後、だんだん力が弱まって、帝国としてのまとまりが崩れていく時代です。 そして、この本の謎の中心になる「蘭亭序」は、有名な書聖・王羲之の作品。王羲之は4世紀前半の人なので、日本でいうと大和朝廷の頃。前方後円墳が作られていた時代です。王羲之の死

あまりにも台湾的な探偵物語。『台北プライベートアイ』紀蔚然(船山むつみ訳)

最近は、評判のいい中国語の本がガンガン翻訳されて、読むのが追いつかない、嬉しい悲鳴の日々です。こちらの本も、もうタイトルだけでも、絶対おもしろそう。そこに、『辮髪のシャーロック・ホームズ』を翻訳した船山むつみさんの名前が加われば完璧です。今回読んだ『台北プライベートアイ』は、日本語で翻訳されるより先に、フランス、トルコ、イタリア、韓国、タイ、中国(簡体字)で翻訳されている作品だとか。 『台北プライベートアイ』は、原作が『私家偵探』という台湾のミステリー小説。台湾の輔仁大学と

ことりっぷな外国語チャレンジ。『ことばの白地図を歩く』奈倉友里

この本は、迷っている人におすすめです。例えば、大学には行きたいけど、何を勉強したらいいのかわからない人。大学には入ったけど、自分のやりたいことが見つからない人。そして、大学は卒業したけど、何かまた別のことを勉強して自分の方向性を変えてみたい人、などなど。 今井先生の『英語独習法』とは真逆ですが、勉強っていうのは目的が明確な場合と、そうでない場合があります。目的がはっきりしていれば、回り道をするのはアホらしい。でも、目的がゆるっとふわっとしていたら、ゆるふわなりにスタートしな

傷ついたからこそ、美しく輝く。台湾ドラマ『茶金 ゴールドリーフ』2021年

出張先の夜に一気見。評判以上のすばらしいドラマでした。植民地時代の日本語、台湾の人たちの台湾語、主人公一族の客家語、そして中国大陸からやってきた人たちの国語(Mandarine)や上海語、蒋介石の国民党政権を支えるアメリカ人たちの英語がいきかいます。そして、登場人物たちのセリフ以上のものを使い分けられる言葉たちが表現します。 主人公の張薏心(チャン・イーシン)は、茶虎と呼ばれる台湾最大の茶輸出会社「日光」の社長張福吉(吉桑:ジーさん)の一人娘。台湾の新竹県北埔鎮が彼とその張

英語的感覚を可視化する。『英語独習法』今井むつみ

最近、ラジオ代わりに聞いている言語学系のyoutubeに出演されていた今井先生。めちゃくちゃおもしろい方だったので、本を読んでみました。期待どおりに著書もおもしろかったです。 今井先生を知らないと、タイトルの「独習」の文字を見て、「ゼロから一人で英語を勉強できる本」と勘違いしてしまいそうです。でも、この本をざっくり読んだ印象は、そこそこ英語のできる人が確実なレベルアップを目指す本です。しかも、ライティング重視。この本を読んで、自分に足りない部分に気づいて、英語レベルを自分な

台湾グルメと鉄道の旅と百合。『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子(三浦裕子訳)

予告されたときから、すごく楽しみにしていた本。『台湾漫遊鉄道のふたり』というタイトルもそうですが、表紙のデザインがレトロかわいくてステキ。台北駅がモチーフになっていて、昭和のおしゃれな女性2人が楽しそう。広告のキャッチコピーも「グルメ、鉄道、百合」って情報量多すぎで、わくわくしかありません。 舞台は昭和13年5月、作家の青山千鶴子は台湾の講演旅行に招かれます。妖怪と言われるほど食いしん坊な千鶴子は、台湾の珍しい食べ物に興味津津で、片っ端からチャレンジしたがります。でも、当然

中国ドラマや小説を楽しむために。『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』柿沼陽平

出版直後からすごく話題でしたが、ようやく手に取ることができました。きっかけは、中国ドラマ。とりあえず、古代中国の基礎知識が欲しかったので。絶対おもしろいことはわかっていたのに、期待の3倍おもしろかったです。 この本でいう古代は、秦漢(紀元前3世紀~後3世紀)+αです。私の見たドラマでは『羋月(ミーユエ)』あたり。あと、『三国志』関係は本もマンガも結構読みましたが、『三国志』は戦争とか政略がメインなので生活方面の記述はあまり出てきた記憶がありません。どうでもいいですが、この時

いい批評はいい紹介。『文学は予言する』鴻巣友季子

読み応えある鴻巣友季子さんの本。たくさんの海外の小説を読んで、翻訳されてきた方なので、話題も豊富で、内容深くて、何も考えずに読んでいるだけで楽しいです。しかも、次に何を読もうかな?と考えている人にもちょうどよくて、タイトルだけ有名で知っているけど、鴻巣さんの紹介で予想と全然違う内容なことを知って、興味が湧いたりもします。 この『文学は予言する』は、国内外の鴻巣さんが注目する作品をディストピア、ウーマンフッド、他者の3テーマ別に紹介しています。ディストピアでは、鴻巣さんイチオ

心のよりどころを求める人たちの暮らし。『信仰の現代中国』イアン・ジョンソン

最初、この本は著者のイアン・ジョンソンが、外国人の目で見た不思議な、理解しにくい中国を書いたノンフィクションだと思っていました。でも、読んでみたら全然違って、道教の道院や仏教の寺院、そしてキリスト教の教会で活動する普通の人たちを何度も訪問して、根気強くインタビューして、彼らの活動を記録した本でした。 この本は全部で七部(章)に分かれているのですが、それぞれのタイトルは月の暦、啓蟄、清明、芒種、中秋、冬至、閏年と文学的です。そして、第一部の「月の暦」から始まり、全て二十四節気

あたたかな終幕。『天官賜福』6巻、墨香銅臭

『天官賜福』の台湾版(平心出版)6巻は、第114章からラストまで。外伝もあります。いやあもう、余韻がすごくて。気持ちを落ち着けるために2度読んでも、はぁ……ため息しか出ません。 以下、自分のための備忘録なので、気になることしか書いていません。余談だらけですし、ネタバレもあります。ご容赦ください。 ■ まず、すごく些細なことから。要所、要所でいい活躍をしてくれる雨師篁が、6巻も最初から登場でうれしいです。それに関連して、翻訳のbugみたいなものも発見。中国語の小説をこんな

黒博物館シリーズ『ゴーストアンドレディ』藤田和日郎

黒博物館シリーズは、19世紀のイギリス伝奇アクション。ロンドン警視庁の犯罪資料館「黒博物館」にいわくつきのモノを見るため、いろんな人がやってきます。毎回お出迎えしてくれるのは、かわいい学芸員(キュレーター)さんです。 本作で訪ねてきたのは老人で、彼のお目当ては1856年に王立ドルリー・レーン劇場に残された「灰色の服の男のかち合い弾」。その男(グレイ)は、劇場に出る縁起の良い幽霊で、生きているときは決闘代理人。芝居が大好きで、幽霊になってからも100年近く演劇を見ていたグレイ

つながる想い。『天官賜福』5巻、墨香銅臭

『天官賜福』台湾版(平心出版)の5巻は、第91章から113章まで。先が気になりすぎて、久しぶりに睡眠時間削りました。ものすごくシリアスな展開が続いたかと思うと、いきなりコメディがきたりで、感情の整理が追いつきません。 ネット小説は1回の更新ごとに小刻みに、緩急あるフックが仕込まれるので、上手い作品ほど途中で止まることができません。ジリジリとワクワクと、しんどい地獄が圧縮されたこの作品を、リアルタイムで読んで、次回更新まで耐え忍んでいた猛者の皆様には尊敬しかありません。 以