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2.機械の中の幽霊(2)

2-2. 義体はどこまで現実か

2-2-1.サイボーグの再定義

SFの分野では一般的になった「サイボーグ」という概念であるが、技術の進歩によって実現性が高まってきている。

北アイルランド出身でスペイン育ちのアーティスト、ニール・ハービソンは先天的な「1色覚(全色盲)」である。しかし、現在の彼は色を識別することができる。彼の頭部には光センサーがついたアンテナが埋め込まれており、先端の光センサーが視界の光の波長を捉え、それを頭部に埋め込まれたマイクロチップが振動に変える。後頭部に伝えられた振動を頭蓋骨で「聴く」ことによって、ニールが色を識別する。よって、彼には赤外線も紫外線も「見る」ことができる。ニールはアンテナがついた写真を用いたパスポートを英国政府に認めさせ、このことによって「世界初の政府公認サイボーグ」と呼ばれるようになった(D・T・マックス「テクノロジーで加速する人類の進化」ナショナル・ジオグラフィック日本版23(4),p28-51)。

この様に現実的な問題として認識されるようになってくると、フィクションが先行しただけにイメージが広がってしまっていて、サイボーグが「人間と機械の共生体」という点では共通しているものの明確な共通認識がないという問題も生じてきた。そのため、改めて定義しようという動きも起こっている。

村岡潔(2012)は、サイボーグを、以下の三つの条件を満たした「サイボーグ機械」と、人間(human host)の共生体と定義している。

第1条件:その機械は,human host の身体内に完全に,または部分的に埋没していなければならない.〔埋没条件〕
第2条件:その機械は,生物(人間,動物,植物,微生物)由来の生きている「細胞」を含んでいてはならない.〔無生物条件〕
第3条件:その機械は,human host が「望む」動作・作業・作用を協働的に(human host と相互作用・相互行為的に)行なう機能・メカニズムを有する装置でなければならない.〔協働機能条件〕

なお、第1条件は「human host 元来の形態を大幅に逸脱しない(人間の形からはずれない)こと」を前提としている。この三条件の定義によって、白内障手術に用いられる人工レンズや人工骨、パワードスーツなどを除外することができる。一方で、電動義手はサイボーグ技術の1つと条件付で認めている。

概ね妥当な定義と言えるだろうが、この定義は医療的見地からなされたものであり、SF的見地に立っていないことは注意しておくべきだろう。この定義では、ジェイムスン教授や偵察船XH-834号であるヘルヴァは、人の形を失っており、サイボーグではないことになってしまうからである。

逆に、「特に医療現場におけるサイボーグ化の場合は,サイボーグ機械を全くもたない人間から対極のロボットに至る移行形態であるとみなすことができる」、「サイボーグ機械に相当する人工臓器等の治療により一人の患者のサイボーグ化を無制限に繰り返し行なうとすれば,ついには『生命体の部分』をすべて喪失して生存のための機能はすべて機械に依存するという最終的形態に至ることになる」と村岡が述べていることから考えると、記憶以外は人間の部分を持たない『8マン』はサイボーグの「最終的形態」といえるかもしれないが、一般には、加藤一郎(1986)が述べているように「中枢神経系を人工物で置き換えることは考えていない」であろう。これは、脳こそが人間の精神活動の「本体」であるということに基づくが、次項で取り上げる「ブレイン・アップロード(マインド・アップロード)」という人間の脳の活動そのものを機械に移し変える技術が登場したとき、村岡の認識は現実のものとなるだろう。

2-2-2.感覚器官
ハービソンの例は視覚を「聴覚」で代用する感覚器官の代替技術だったが、より直接的に作用する機器の開発も行われている。最も進んでいるのは人工内耳であろう。

鼓膜などには問題があるものの耳の奥の聴覚器官や脳の聴覚に関する部位には問題がないに用いられるのが人工内耳である。体外のマイクで音を拾い、マイクロ・プロセッサーで電気信号に変換して、体内の受信装置に伝えられる。受信装置は蝸牛に埋め込まれた電極を刺激する。これによって患者は音を聞くことができる。現在では音の高低を20段階程度で識別できるまでになっている。

人工内耳を用いた患者が人の声を聴いた場合、側頭葉の聴覚連合野だけではなく、通常は用いない前頭葉の言語領域も活性化するが、リハビリテーションを1年間程度続けると、通常の言語野が活性化することが分かっている。つまり、通常の刺激とは異なる信号も、言語として認識できるようになったということである。さらに、若年時から人工内耳を用いた場合、楽器を弾くことができるまでの聴力を獲得したケースも少なくないという(伊福部達(2008))。

視覚でも、網膜などの異常はあるものの、脳の部位などには以上がない場合、同様の技術を用いる研究が行われている。しかし、現在ではまだまだ解像度も低く、色の認識も難しい段階である。

2-2-3.筋電センサー

電動義手がサイボーグ技術の一つと言えるなら、その起源はやはり、第一次世界大戦にさかのぼることになるだろう。

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第一次世界大戦では、銃火器の進歩によって突撃戦法が使えなくなり、両陣営が塹壕を築いて相手に備えた結果、戦線は膠着状態に陥った。塹壕は湿気が多く不衛生で、あらゆる病原菌の温床であり、そんな中で兵士は負傷し泥まみれになるため、赤痢・発疹チフス・コレラといった感染症や、土壌中の嫌気性細菌が傷口から入り込んで起こる破傷風やガス壊疽が蔓延した。戦場では、ガス壊疽の治療法といえば、患部の切断を置いて他になかった。また、銃火器による負傷での欠損も非常に多かった。結果的に、全ヨーロッパで義肢を必要とした四肢切断者は30 万人に達した。

そのため、戦中戦後に各国は義肢の研究を行った。イギリスは1915 年にロンドン郊外のローハンプトンに義肢適合センターを、アメリカは1917年にアメリカ義肢製作者協会を設立した。
ドイツでは1915 年にベルリンに義肢検定所が創設され,義肢の規格化や技術的な試みを行われた。1919年にはオットーボック社が創業、義肢の近代工場的な生産が行われるようになった。

これが、第二次世界大戦後に、電動やガス圧の義手へとつながっていく。
以前は「開く/閉じる」程度の動きしかできなかったが、現在では、「思ったとおりに動かす」ということが、かなりの程度までできるようになってきた。それを支えているのが小型アクチュエーターやバッテリー、マイクロ・プロセッサー、そして筋電センサーである。

残された四肢の筋肉の筋電を制御に利用しようという研究開発は1955年から始まり、現在に至るまで、継続されている。現在では電極の埋め込みにより神経接続などに発展している。

人間が筋肉を動かす場合、脳から出た指令が神経を伝わり、筋肉に達して放電現象を起こす。すると微弱な電気信号(筋電位)が筋肉の膜上を伝わって筋肉を収縮させる。この筋電位は動きによって異なっている。そこで、筋電位を皮膚表面に付けた筋電センサーで測定し、コンピュータで周波数や振幅を解析して、記憶させているパターンと比較・照合して、アクチュエーターを駆動させて、手首や指を動かす。

この場合、事前に動きに応じた筋電位のパターンを記憶させておく必要があるが、この点も人工知能を応用することで、より精密なパターン認識が可能になりつつある[1][2]。

さて、筋電センサーに用いる電極にはパッシブ電極とアクティブ電極とがある。パッシブ電極は電極と皮膚表面間の接触抵抗を下げるため、貼り付ける部分に電解質の液体を塗るなどの準備が必要である。これは、抵抗が大きいままでは、動きだけでなく、温度や湿度の影響も受けて「雑音」が発生するためである。

これに対し、アクティブ電極は、電極側で皮膚に近い抵抗を電気的に作り出して、「雑音」の発生を防いでいる。また、電極端子毎にバッファアンプを内蔵しており、運動時であっても電極コードの揺れによる「雑音」が発生しにくくなっている(木竜徹(2000))。

現在では、アクティブ電極が一般化しつつあり、筋電センサー自体の制度も非常に高くなっている。

以上の点は、パワードスーツの場合も同じである。異なるのは、パワードスーツが四肢をアシストする動きをするのに対して、義手は意図した四肢の動きそのものを(登録パターンによるとはいえ)行うところである。

2-2-4.ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)

筋電センサーよりも進んだサイボーグ技術として、現在最も注目されているのが、「ブレイン・マシン・インターフェイス(以下、BMI)」である。BMI は文字通り、脳の神経細胞と機械を接続する技術であり、それによって、様々な機器を随意的に動かすことを目指している。

現在では、身体機能が麻痺した患者の脳にセンサーを埋めこみ、ワイヤレス通信によって機械のアームなどの機器の操作を行うシステムの開発が進んでいる[3][4]。

機器と使用者の意図とを連動させるためには、使用者の神経細胞の活動を測る必要がある。測定方式には、脳波を測る非因襲的な方法と、先の例のように脳にセンサー(電極)を埋め込んで直接的に神経細胞ニューロンの活動を測定する因襲的な方法がある。脳波(EEG)による測定では具体的にどのニューロンが活動しているのかといった情報までは得ることができないため、複雑な制御が必要な場合には、現段階ではセンサー埋め込み式BMIが有力とされている。

しかし、BMIも魔法の技術ではなく、使用においては重要なのは訓練である。始めから使用者の意図通りの動きが可能なわけではない。使用者に何か具体的な動作を意図してもらい、機器がそれに合わせて動くように調整するしかない。しかし、練習を繰り返すと、最終的に使用者は意図通りに機器を動かすことができるようになる。このとき、使用者の脳の中では、身体図式の変化、つまり、頭頂葉の神経細胞が再編成されて、接続された機器を含むように身体像の拡張が生じたと考えられる(大塚淳(2006))。

そもそも人間は自分の身体のどの位置にどんな部位があって、どの程度動かせるのかという身体感覚に基づく身体像を有している。しかし、身体は当然年齢による成長と老化によって変化する。当然、脳はその身体の変化に応じて身体像を描きなおさなくてはならない。この外部からの刺激に応じて変化することができる能力を「可塑性」という。

また、中国武術には、「武器は肉体の延長」という言葉があるように、卓越した武術者は武器を自分の身体の一部のように操る。これは、バットやラケットなどの道具を用いるスポーツにも当てはめて考えることが出来るだろう。これは、身体像が武器などの道具を含めた形に拡張性されていることを示していると考えられる。

自分の身体外に設置されたアームをワイヤレスBMIで患者が操作できたのも、それと同様のことがより高度な形で起きていたと言えるだろう。

極めて理想的な技術のように考えられるBMIであるが、懸念もないわけではない。それは「人は言語によって思考する」という側面である。つまり、果たして人が行動をどこまで言語で認識しているかということである。恐らく、簡単な動作、日常で無意識で行うような動作であれば問題はないであろうが、手順を考えながら行わなければいけないような複雑な動作の場合、同じ動作をするにしても、違う言語を操るものでは、活性化するニューロンが全く異なるという可能性も考えられないわけではないということである。もしそうだとすれば、BMIは個人個人で非常に膨大な量の調整作業が必要になるかもしれない。

2-2-5.人工臓器

人工心臓や人工腎臓などは、サイズはともかくとして実用化されており、広く使われている。

人工膵臓も血糖値を測定して適量のインスリンを血液中に注入するという機能については、ベッドサイドにおけるサイズでは実用化がされ、携帯型人工膵臓が製品化・臨床応用の見通しがつき、植込み型人工膵臓研究開発が進められている段階である。超小型光センサーをイヤリングあるいは義歯に内蔵して血糖を測定し、腹部の皮下に埋め込んだ人工膵臓にワイヤレス通信で信号を送り、必要なインスリン量を自動的に体内に注入するというモデルである。

これらは開発の見通しが立っているが、困難なのが人工肝臓である。体内の「化学工場」とされ表現される肝臓は、分かっているだけでも500種類を超える化学反応を担っている。このように複雑な機能を有する肝臓を間然に人工物で再現することは極めて困難であると考えられる。そこで、現在では肝細胞と人工装置を組み合わせたハイブリッド型人工肝臓の研究開発が主流となっている[5]。

一方で、動物の体内で人間の臓器を形成させる研究として、たとえば人の細胞を持ったブタの胚、いわゆるハイブリッド胚(あるいは「キメラ胚」)を作ることが行われているが、これは今述べたように肝臓などの臓器が機械による置き換え困難であるという事情が大きく作用している[6][7]。

2-1-6.「攻殻機動隊」と研究者たち

映像世界に大きな影響を与え続けている『攻殻機動隊』は、こうした現実世界における研究開発にも大きな影響を与えている。

稲見昌彦教授が研究している再帰性投影技術を応用した「光学迷彩」技術は、『攻殻機動隊』(特に押井版)にインスピレーションを得たものだ。
また、情報工学や機械工学など様々な分野の研究者が、一種の共通アイコンとして『攻殻機動隊』を用いている。たとえば、学術誌「情報処理」の2015年8月号(第56巻第8号)の特集「あのころの未来」において、ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』、リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』、ジョージ・オーウェル『一九八四年』、アンドリュー・ニコル監督『ガタカ』、ロバート・ゼメキス監督『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』、J・P・ホーガン『創世記機械』、スタンリー・キューブリック監督『2001年宇宙の旅』といったSF小説、SF映画の傑作と並んで、日本の作品として唯一『攻殻機動隊』が取り上げられている

2015年には、『攻殻機動隊』の世界におけるテクノロジーを実現するために、産学が一体となったイノベーションを目指すプロジェクト『攻殻機動隊 REALIZE PROJECT』が実施された。

 2016年、横浜私立大学の国際総合科学部 小島伸彦 准教授の研究室チームが、「攻殻機動隊の義体を支える臓器設計技術」で「最優秀 攻殻コンテスト賞」を受賞した。これは、バラバラの状態に懸濁された細胞を「組み立てる」という方法で、短時間で肝臓・膵島・骨髄といった臓器・組織の三次元的な組織形成、さらに、細胞の配列制御による高機能な臓器や、生体には存在しない新機能をもった人工臓器の製造を可能にする手法の研究開発である。

この他にも稲見昌彦教授が研究している再帰性投影技術を応用した「光学迷彩」技術は、『攻殻機動隊』(特に押井版)にインスピレーションを得たものだし、情報工学や機械工学など様々な分野の研究者が、一種の共通アイコンとして攻殻機動隊を用いている。

まさに、『攻殻機動隊』の世界と現実の研究開発がリンクし始めていると言える。

(つづく)

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