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【歳時記と落語】看護の日

5月12日は、赤十字社が定める「ナイチンゲール・デー」、国際看護師協会が定める「国際看護師の日」、厚生省(現在の厚生労働省)・日本看護協会が定める「看護の日」ですが、これらは皆、かの有名なフローレンス・ナイチンゲールの誕生日に因んでおります。

国際赤十字委員会は「フローレンス・ナイチンゲール記章」というものも定めており、なんやナイチンゲールが赤十字社を作ったんかいなと思うてしまいそうですが、実は直接の関係はありません。

ナイチンゲールは、クリミア戦争でイギリス軍に従軍して、近代的な医学・衛生学・統計学にもとづいて、イギリス軍兵士の死亡率を激減させました。
これは赤十字社の精神の源流ではありますが、彼女は赤十字社には関わってはおりません。

赤十字社を作ったんは、スイスの実業家ジャン・アンリ・デュナンで、彼はこれによって1901年、「第1回ノーベル平和賞」を受賞しております。
もちろん、デュナンはナイチンゲールを知っておりましたが、両者には大きな違いがあります。それはデュナンが敵味方関係なく救済しようと考えたのに対して、ナイチンゲールはそれは自国民に対して国家の責任において行うべきだと考えた点です。
デュナンは第二次イタリア独立戦争におけるソルフェリーノの戦いで負傷した兵士たちがのカスティリオーネの街に運ばれてきたものの、十分な治療を受けられずに死んでいくさまを目の辺りにして、赤十字社の構想に至りました。
赤十字社が「ナイチンゲール」の名を戴いているのは、彼女の精神と活動を意義あるものとし、精神的な源流であると認識していることの現れでもあります。

さて、赤十字社と日本の皇室とは深い関わりがあることは皆さんご承知の通り、昭憲皇太后以来、ときの皇后が日本赤十字社の名誉総裁をお務めです。

また、赤十字国際委員会が管理する開発協力基金に「昭憲皇太后基金」というのがございます。これは明治45(1912)年の赤十字国際会議において、昭憲皇太后ご寄付された10万円を基に創設されたもので、その後も歴代皇后による寄付によって増額されており、現在も存続しております。世界で最も古い開発協力基金との言われているそうです。ちなみに当時の10万円は、現在では3億円を優に超える金額に相当いたします。

なんや、落語に関係のない話が続きましたが、ここからです。

昭憲皇太后がなくなるまで、皇太后宮職御用掛として使えて通訳を務めた香川志保子という女性がおります。皇太后宮大夫として使えた元水戸藩士・香川敬三の娘です。つまり親子二代で昭憲皇太后にお仕えなさったんですな。

この香川志保子という女性、イギリス留学の前に明治16(1883)年から2年間ほど、宮内省勅任官だった三宮義胤の夫人・八重野の紹介で、エリザベス・シャーロット・ブラックという未亡人から英語を習っております。このブラック未亡人の息子が、ヘンリー・ジェイムズ・ブラック、すなわち初代・快楽亭ブラックです。もっとも、「快楽亭ブラック」を名乗って三遊派の寄席に落語家として出演するのは明治24(1891)年であり、明治16年時点では「英国人ブラック」を名乗って、翻案の人情講談などを演しておりました。

真打ちの落語家となった明治24年の3月刊行の『百花園』第45号に「英国の落語」と称した翻案が掲載されています。この段階では地名も人名も外国名だったが、後に地名人名ともに日本名に改められた。これが落語「試し酒」やそうです。

尾張屋の旦那のところに、近江屋の旦那が「一升入る金盃」を見にやってきます。ちょうど一升の酒が入ったところ。しかし、尾張屋の旦那も二、三合なら行けるが一升は飲めん。近江屋の旦那も同様です。
「誰ぞ、ひと息に空けてもらうというような人はおらんもんかいな」と尾張屋の旦那、そこで近江屋の旦那、たまたま先の用事で荷物持ちに連れてきていた権助という男のことを思い出します。
「あの男なら、これに四杯や五杯は空けよるやろと思います」
面白がった尾張屋の旦那、権助が五升飲めたら、来月の有馬温泉行きの二泊分の費用、スックリ持たしてもらいます、と賭けを申し出ます。
呼ばれた権助、「わしゃ五升てな酒、まだ呑んだことないで」としぶりますが、飲めないと有馬行きの費用という大金を旦那が払わなならんと聞いて、「ちょっと考えさしとくなはれ」というと、ポイッと表へ出ていってしまう。
しばらくすると戻ってきて、五升の酒を空けてしまう。
感心しつつも、妙に感じた尾張屋の旦那、
「最前、ちょっと考えさしてくれ、ていうて飛び出して行ったが、あのときに、酒の呑める薬でも飲んできたか、それともマジナイでもしてきたんと違うか? あん時、一体何をしに行ったのや?」
すると権助、
「わしゃ、五升てな酒呑んだことないで、呑めるか呑めんか、そこの酒屋で試しに五升呑んできたんじゃ。」


【参考】
前田朗(2003)「国際法を市民の手に 第26回アンリ・デュナンと赤十字(3)」週刊MDS(812)
・今泉宜子(2014)『明治日本のナイチンゲールたち 世界を救い続ける赤十字「昭憲皇太后基金」の100年』扶桑社
・村松定孝(1988)「快楽亭ブラックと泉鏡花 : 'The Adventures of Oliver Twist' の翻案をめぐる考察」上智大学国文学論集(21),pp27-44



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