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広州・桂林旅行番外編:「私は日本人です」と言うのが実は怖かった今回の旅行

さて、桂林をあとにして広州に向かってます。本当に凄い景色が見れて来て良かった〜!

と、思いました!

今度は晴れの日に行きたい!とか思ったりしたのでリベンジの機会があればまた行きます(笑)

で、今回桂林を旅行して非常に印象に残った出来事があります。

それは歴史的な内容なので、書こうか迷ったのですが、ちょっとでも多くの人にそんな事もあるんだなと思ってもらえればと思い書く事にしました。

重い話が嫌いな人は読まないでいただければ!


桂林に着いた1日目、伏波山に行った時に見た鐘の説明文に「抗日戦争の時に日本軍に奪われない様にみんなで鐘をここに運んだ」という説明があって。

正直ちょっと「うっ…!」ってなったんですよね。

この鐘

他にも「抗日戦争の時に桂林は焼け野原になった」という説明なども見かけて。

正直こんな綺麗な景色の場所が80年前に戦地になっていたなんて想像もしてなくて。

そして一応大学で中国系の学科を卒業してるのに、桂林がそんな場所だったという事も知らずにノコノコと観光に来てた自分がちょっと恥ずかしくなりました😢
(まぁ普通に来るんでしょうし、逆にそういう歴史が無い所を探す方が難しいかもしれませんが…)

そんな事、観光名所にわざわざ書かなくても良いだろと思う人もいるかもしれないけど、まぁあった事は事実なんだろうなと。

だから正直日本人とバレるのがめちゃくちゃ怖かったです😅

けど山の上で出会ったおばさんや、城の前で一緒に写真を撮った学生さん達は温かく接してくれてとても嬉しかったのです。

ただ、船に乗った時、実はスイス人のメンバーの他に6人掛けの席に1人、瀋陽から来た中国人のお爺さんが座ってたんですよね。

その人がスイスの人に「何人?」と聞いた後に「スイスは良いね。俺はアメリカや日本は嫌いなんだ。」と言ったんですよ。

だから正直心の中で「ヤバい…!」と思って縮み上がってました。

けど話の流れ的に私も「お前はどこ出身だ?」と聞かれて…中国人と勘違いされてたので「どこ出身?」と聞かれたんですが…

「私も外国人です…」
「何?韓国人か?」
「いや、日本人です…」
と言った時の気まずさと言ったら…

ヤバい。めちゃくちゃ何か言われるかもしれない…喧嘩になるかもしれない。怒鳴られるかもしれない…と正直ビビりまくってました。

そしたら、お爺さんはめちゃくちゃ驚いて「さっき日本が嫌いと言ったのは国の事で、個人の事じゃないから。気にしないで!」と言ってくれたんです。

けどこのお爺さんくらいの年齢の人なら本当に親世代の知ってる人が戦争で何かあったかもしれないと思って。それなのにそう言ってくれる優しさと、昨日の自分の無知さへの虚しさと相まって、涙が出てきてしまい。

思わず泣いてしまいました😢😢😢

ボロボロ泣いてしまったので、お爺さんに「ごめん悪気はなかったんだ。辛く思わないで。」と謝られてしまいましたが、もう「謝るのは私の方です。ごめんなさい。」と言うしかありませんでした。

本当情けない〜😭

けど、こうやって1人でも本当に人と人が交流する事で誤解が解けるとしたら、自分の海外旅行で少し平和が近づくかもしれないなと思いました。

まぁ正直怖いですけどね。
昨日も「日本人は歓迎しません」ってデカデカと看板掲げてる店があったり、そもそも阳朔の街の道の名前が「抗戦路」で、嫌でも目の当たりにさせられたり。

抗戦記念碑とか抗日烈士の墓とかそこら中にありますし😓(実は七星公園、阳朔公園にもありました。)

こんな感じに至る所にございます
石に刻まれ消えない記憶

これもし私が中国人だったら日本嫌いになりそう…😅

逆にここまで色々あっても「日本好き」って言ってくれる中国の人、凄いわと思わざるを得ませんでした。

日本人だろうと中国人だろうと良い人、悪い人どちらもいる。

ただ産まれた場所が違うだけ。

そんな風に思います。

ホンマに…

歴史無かった事に出来たらどれだけ良いか🙏
そんな風に思った旅でもあったのでした。



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