果たして心は誰のものか

「嫌い……というか、うちは気持ち悪いなぁって思うわ」

 自然に告げられた一言に思わず心臓がドキッと跳ねた。話題を振ったのは僕なので自分に言われたわけじゃないと分かっていても過剰反応してしまう。それを口にしたのが優等生を絵に描いたような女の子——クラスでの彼女の立場から僕もみんなも委員長と呼んでいる——なら尚更。テスト終わりで賑やかな教室、身体は横向きに上半身を後ろの僕に向けた彼女の声は、小さいのによく聞こえる。相槌を打つより先、委員長は眼鏡の蔓を押し上げると言葉を続けた。

「人の気持ちを勝手に決めつけて正解を定義するなんて、傲慢やとは思わん?」
「なるほど、そういう見方もあるんや。僕はただ単純に、先生の匙加減で点数が変わるのが嫌って思ってただけやけどさ。僕、いつも赤点スレスレやし」

 おどける僕に、委員長のキュッと結ばれている口元が柔らかくなる。その控えめな笑顔がやましい意味じゃなく好きだった。
 半年以上も前、初夏の気配が漂い始めた頃に季節外れの風邪を拗らせ肺をやられた僕は、テスト期間中欠席し続け、最後尾の僕の代わりに、委員長が用紙を回収していた。それが癖で、僕を無視し回収役をしようとした彼女を引き留めたのがきっかけで、僕らは話すようになった。
 彼女に言ったのは国語における、その時の作者や登場人物の気持ちを答えなさい的問題が酷く理不尽という愚痴だ。友達なので半分冗談だと思うけど、空気が読めないと言われる僕にとって小学生の頃から最も苦手とする問題だった。この歳になっても未だ付き纏い、大学入試でも有り得るとか正直勘弁してほしい。何とかという有名な作家が、締め切り近くに急いで書いたと言っていたらしいが、それを書いたら絶対にバツになるだろうしさ。
 しかしと僕はレンズ越しの委員長の目を見る。さらっとした言葉に、実感が篭っていたように感じた。アタシたちとは頭の出来が違うからと、ギャルっぽい見た目の女子が言っていたのを思い出す。ろくに話してもないのに合わないと言われるのも、極端な話確かに傲慢だと思う。前の僕だって同じだった。今は委員長の人となりを知っているつもりだ。だから。

「じゃあ僕と一緒に撲滅運動やってみる?」
「そうやね……そういうんも悪くないかも」

 冗談か本気か彼女も笑い答えた。でも僕は問題をどうこうするより、委員長に対する誤解を解きたい——なんて恥ずかしいことは流石に言えなかった。

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