探偵のあるべき姿とは

 コホンと隣に立つ青年が咳をしたのが聞こえる。殺人事件の容疑者が集められたこの部屋には私の部下を含め七人もの者がいるが、そうと思えないほど静まり返っていた。滔々と語るのは有名大学の大学院生で協力者でもある、推理小説における探偵役の彼だけ。が、誰かが生唾を呑み込む音に続いた発言に私は度肝を抜かれることになるのだった。

「では、肝心の犯人ですけど……それは警部殿にお任せしましょうか!」
「……はあ!?」

 素っ頓狂な声をあげるのが精一杯で。気の利いた返しは勿論、威厳を保つ為の冷静な受け答えさえ出てこない。隣の彼はやけに晴れやかな、もしここが衆目の場でなければ拳骨の一つはくれてやっただろう笑みを浮かべる。そして軽く手を上げ、肩を竦めるジェスチャーをしたっきり、縫い付けられたように口を閉ざした。これまで同じような行為をされてきたなら、さしもの私も自分よりふた回り近く若い彼を信用はしない。若干冗長なきらいはあったが、自らの口で理論立てて推理を披露し、そして犯人を当てて解決に至ってきた。だというのに、今回は一体どうしたのか。私は混乱しながらも空気の重さに耐えかねて頭に叩き込んだ資料を思い起こした。
 被害者の妻と愛人、長きに渡り公私共に被害者を支えた親友の男。全員が死亡推定時刻に害者を訪ねるも、本人は不在で会えずじまいだったと証言していた。小細工のせいで死亡推定時刻の幅が広いことが絞りきれない原因である。妻は浮気発覚後離婚を巡り争っていた、愛人は愛人で修羅場になって腰が引けた害者に業を煮やし、親友の男はこの女癖の悪さを咎めた際、ビジネスパートナーから降りると言われてこれまた揉めに揉めていたという。率直に言えば害者は外面だけはいいタイプだった。容疑者が三人なだけマシなほうだ——しかし決め手は未だ見つからない。だから彼に頼ったのだが。
 下手なことは言えずに黙っていると、害者の妻がおずおずと挙手した。

「あのすみません……私がやりました」
「はあ!?」

 もう一度、大声をあげた私に彼女は怯えたように肩を竦める。平身低頭のまま彼女は動機から殺害方法まで自供し、結果逮捕に至った。のちに青年は笑って実は証拠はなかったと暴露した。彼女にあたりはつけていて、こうすれば自白するはずだと思い、今回の行動に出たらしい。

「解決すれば、手段なんてどうでもいいんですよ」

 そう言って格好つけた彼を今度こそ私は張り倒した。

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