ワンタップのスキでも

 寝ぼけ眼で枕元に置いてある筈のスマートフォンを手繰り寄せようと、布団を這い出した腕で辺りを探す。狭い部屋だからすぐ見つかって、わたしは片手で掴むには大きいそれを布団の中まで引きずり込んだ。煌々と輝くディスプレイが眩しい。痛さに仏頂面になりつつ、わたしはロック画面に表示される通知に目を凝らした。そしてある文字を見た瞬間に一気に覚醒して、勢いよく跳ね起きる。このところ寒さに敗北しっぱなしだったけど、今日久し振りにやり込めたぞ——なんて勝利の余韻に浸る間もなく指で画面をスライドさせる。眉間にしわが寄って、髪の毛もぐしゃぐしゃなのは間違いないけど、顔認証はわたしをパスしてくれた。更に画面下のメールアプリをタップ。そして、一番上の未読メールに目を通した。そこにスキのおしらせと書いてある。飛び上がるほど嬉しくて、布団の上で跳ねたらベッドがギシギシと嫌な音を立てるのでおとなしく座り直す。まだカーテンの隙間から差し込む光も薄ぼんやりした早朝。壁を背にし、メールの中身を開く。そこにはわたしが投稿したノートにスキを押した人のプロフィールが載っていた。

「うわー、本当に? 夢じゃなくって?」

 声に出したつもりはないけど、掠れ気味のわたしの声が聞こえる。いまいち実感が湧かずに今度はブラウザを開いた。ブックマークの目立つところに置いてあるから指はほとんど無意識に動いて、僅かな読み込みの後にログインしっぱなしのページが出てくる。スクロールしたタイムライン上のわたしの記事には、確かにハートマークの横に数字があった。たかが一つ、されど一つ。毎日チェックしているからダッシュボードで閲覧自体があるのは分かってたけど、目のアイコンの下の数字がちょこちょこ増えるよりも、ハートマークの下の数字が一つ増えるだけでこんな嬉しいとは思わなかった。ネットの向こう側にはちゃんとわたしと同じ生身の人がいることは分かっていたつもりだった。でも『スキ』をされたことに、わたしは初めて見てくれた人がいる、それだけじゃなくてスキと思ってくれたと、そんな些細なことにとても感動した。一人でも読んでくれる人がいるなら頑張れるなんて、ただの見栄だった。でもスキを貰えるのなら頑張れる気がする。きっと。
「……もうちょっと続けてみよっと」
 アカウントを作らなかったらこんな経験味わえなかったから。そう決意した頃にはもうすっきりと目が覚めていた。

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