幻の邂逅
角を曲がった拍子にぶつかりそうになって、お互いに気付き、微妙にズレたタイミングで一歩下がった。知った顔に浮かんだ知らない表情。見下ろすその子の視線が不意に外れ、彼女はぺこり頭を下げた。違和感を覚えたがそれをその子のか細い声が搔き消す。
「あ……あの、すみません。人違いでした……」
言って俺の返事を待つ間もなく踵を返し、ひと気の多い大通りへと戻っていく。小走りに駆けていく様にも既視感が募って、時間差で驚いていることを自覚する。こうなってからは久しぶり——いや初めての感覚か。
「驚いた……うん、驚いたな」
半端な場所で立ち止まったまま呟いても、邪魔と咎める人間は誰もいない。まあそれもそうだろうと思う。俺が来た方は裏路地みたいな感じで、大通りのいっそ危険な香りが漂う賑やかさに比べると差があった。さながらゴーストタウンだ。なんて上手いことを言った気になるも、俺の表情筋はぴくりとも動かない。これもいつものことだと最近は慣れつつある。
しかしまさか偶然娘と瓜二つの少女と出くわすなんて思わなかった。ドッペルゲンガーならともかく一卵性双生児でもここまで似ないというレベルだ。会ったのがここじゃなきゃ本人と思い込んだかもしれない。
「あの子がここにいるわけないもんな」
離婚したときに元妻に親権を取られ、彼女の実家の北海道に行ったんだ。空港に見送りに行った半年前のあの日に見た、子供の前で隠しもしないこれでせいせいすると物語る元妻の笑みと、不安を押し殺したあの子の表情が忘れられない。それでも金には困らない向こうの方が幸せになれると思い我慢した。けど失ってから気付くとはよく言ったもので今更無性に娘に会いたくて仕方ない。息をつく真似事をして俺も来た道を引き返す。
そういえばさっきの女の子はなぜ俺が見えたんだろう。今まで俺に気付いた人間は一人もいなかった。仕事場の近くにある見えると評判の占い師を訪ねても一切気付かれなかったのに。実は霊媒師——いやあの歳でそれはないだろう。ただ見えてたなら、俺の気味の悪い姿も目の当たりにしてたってことで——申し訳ない気持ちになる。俺も好きでこの見た目になったんじゃないんだ、文句は信号無視の運転手に言ってほしい。あと偶然ハロウィンの時期なのも悪い。
しかしお辞儀のときもあの子ずっと胸を押さえてたな。顔色もやけに悪かったし。気にしつつ、早く成仏できることを願って俺は行く。
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