目に映るものは

「なるほど。つまりそれが貴女の主張ですか。解りました」

 そう呟く声に安堵の息をついたのも束の間、

「ですが事実とは随分異なっているようです。ならば貴女には真実を知る義務があるでしょう」

 と付け足され、背筋に嫌な感覚が走る。嫌々と首を振り顔を覆い隠そうとするが私の前に立つ裁判官のような男性が腕を一振りするだけで、見えない何かによって引き剥がされた。そして強制的に正面を向く。突如として男性との間に割り込むように現れた鏡が一瞬輝いて、次には少し前の——制服を着た私が映った。鞄から取り出した小箱を大事に胸に抱えつつ教室を出ていく様子を見て思い出す。あの日の出来事で間違いない。
 嫌だ、やめて、あそこには行かないで。そう叫ぶことも目を逸らすことも出来なかった。心臓が早鐘を打ち、頬は熱を持つ半面で手足の先は冷たくなる。動けたとしても、ブルブル震えながらうずくまるしか出来なかったかもしれない。
 あの日の私は、浮かれに浮かれていた。唯一の親友である彼女の誕生日に、前に好きと言っていたブランドのネックレスを用意して渡す時を見計らっていた。重いと引かれないように勇気を振り絞って店員さんに聞き、手頃な値段で癖のない物を選んで——私の知る限り、彼女のコレクションとも被っていないはずとそんなことまで考えていた馬鹿な私。彼女を探す私の目に飛び込んできたのはいじめっ子グループのボス的な女の子と一緒にいて何か話す姿だった。親しげな様子に、裏切られたと思った。元から騙されていたか罰ゲームだったとショックを受けて、引き返した。でも今は違って、鏡越しに二人との距離が縮まる。声が届いた。

「ねえ……お願いだからあの子のこといじめないで!」

 急に真剣な表情になって訴える。私はひゅっと喉が締まる思いがした。鬱陶しがられて引っ叩かれても彼女は食い下がってそう願った。それを見て涙が滲む。一度堰を切ったら止まらずに私は声をあげて泣く。男性が言う意味がよく解った。
 私が勘違いしたように、君も私に裏切られたと思ったんだね。急に避けるようになったら当たり前だろう。それで君は私を殺して、今現在泣きながら死体に縋ってる。透けた眼下にいる彼女は立ち上がると扉に縄を括りつけた。やめてと必死に叫んでもどうしようもない。自分の声がうるさい中、男性の声が厳かに響いた。

「疑念は時に真実を嘘に変えます。それをお忘れなきように——ではよき来世を」

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