「中国は台湾半導体大手を奪取する」─政府系エコノミストが公言

 中国政府系シンクタンクのエコノミストが、中国は半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)を奪い取ると公言した。習近平政権内のタカ派が抱く願望を暴露した形で、台湾側は猛反発している。

■「TSMCは中国に属する」と主張

 中台のメディアによると、中国国際経済交流センターのエコノミスト、陳文玲氏は5月30日、中国人民大学(北京)が米中関係をテーマに主催したフォーラムで、米国などによる対中封じ込めや制裁を想定しながらも「中国は必ず台湾を取り戻す。TSMCという本来中国に属する企業を必ず奪って中国の手中に収める」と断言した。武力による台湾併合と企業接収を考えているとみられる。
 また、TSMCは在米生産拠点を増やして米国への移転を加速しているとした上で「移転目標が全て実現するのを許すことは絶対にできない」と警告した。
 同センターは最大の経済官庁である国家発展改革委員会が主管。陳氏はかつて、全国人民代表大会(全人代=国会)に提出する政府活動報告や5カ年計画の策定に参加した有力エコノミストだ。習政権には対外的に居丈高な「戦狼外交官」や軍事専門家が少なくないが、経済専門家がここまで強硬な発言をするのは珍しい。
 米国の対中政策に対して、陳氏は「幻想を持ってはならない。幻想を捨てて、闘争の準備をしなければならない」と強調した。一方、ウクライナに侵攻したロシアについては「公然と合理的に、できるだけ支援すべきだ」と述べ、陸海のシルクロード経済圏構想「一帯一路」などを通じて中ロ関係を一層強化すべきだと主張した。

■「恫喝」「強盗の理屈」と批判

 陳氏の「TSMC奪取」発言に対し、台湾行政院(内閣)で対中政策を担当する大陸委員会の報道官は6月9日、「台湾は民主法治国家であり、対岸(中国本土)が管轄するところではない」と反論。台湾企業への「恫喝」だと非難した。
 与党・民進党の長老で台北駐日経済文化代表処代表(大使に相当)の謝長廷氏も同日、フェイスブックで陳氏の発言を取り上げ、「他人が良い物を持っているのを見れば奪いたい、他人に金があるのを見れば奪いたい」というのは「強盗の理屈」だと批判した。
 TSMCは米中などに進出し、日本も工場を誘致するなど引っ張りだこだが、自分たちが欲しい技術を持っているから会社自体を強奪するというのは全く非現実的な話で、インターネット上でも「中国がTSMCを奪っても、その時はもう廃墟になっているだろう」「人材がまず逃げてしまうので、意味がない」といった声が出ている。
 中国国防省の発表によれば、魏鳳和国防相は同10日、シンガポールで会談したオースティン米国防長官に対し、台湾が中国から分裂する事態を阻止するためには「一戦も辞さない」と言い放ち、台湾問題に対する介入に強く警告した。
 この警告は、対中警戒感が強い民進党の蔡英文政権が対米関係強化に力を入れていることへの反応と思われる。陳氏のTSMC強奪論も米台緊密化に対する習政権のいら立ちがいかに大きいかを示す一例なのだろう。(2022年6月12日)

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