矛盾はらむ中国のTPP参加申請─統制重視の習近平路線が最大の障害か

 中国が環太平洋連携協定(TPP)加入を正式に申請した。米国のTPP復帰についてバイデン政権が否定的姿勢を崩さない中、経済面で対外影響力を一層高める狙いがあるとみられる。しかし、国有企業強化と市場統制を重視する習近平政権の政策を堅持したまま、市場経済化の徹底を図るTPPに入るのは矛盾が大きく、保守的な習路線自体が最大の障害になる可能性がある。

■日本の「実利的対応」予想

 中国商務省は9月16日、短い声明でTPP加入手続きを取ったことを明らかにしただけで、その詳しい意図や見通しを説明していないが、共産党機関紙・人民日報系の環球時報英語版(グローバル・タイムズ)の電子版は翌17日、国内識者の見解を紹介する形で「中国のTPP加入申請にはハードルがあるが、巨大市場は非常に魅力だ」と題する以下の論評を掲げた。
 一、中国のTPP加入は、米国の同盟国で、反中の政治的な波にとらわれているように見えるオーストラリアとカナダが最大のハードルになるかもしれない。
 一、正式加入までの道のりは長く、紆余曲折があるだろうが、中国市場は非常に魅力的であり、改革・開放の努力も強化されていることから、中国がいずれ加入することは間違いない。交渉は10年を要するかもしれない。
 一、日本の態度は(シンガポールなどと比べると)あいまいだ。茂木敏充外相は「協定の高いレベルの条件を満たす用意が中国にあるかどうかをしっかりと見極める必要がある」と述べたと報じられている。
 一、日本やニュージーランドを含む大半のTPP参加国は経済的利益のため(豪州とカナダより)実利的な対応をするだろう。
 一、中国の経済的台頭により、中国が率いる新たな貿易サイクルの形成は不可避になっている。
 一、中国はTPP交渉の過程で労働者保護や国有企業などに関する加入条件を理解し、改革を進めていかなくてはならない。

■台湾申請は「茶番劇」

 有力シンクタンク「中国・グローバル化センター(CCG)」理事長兼主任で国務院(内閣)参事の王輝耀氏は22日、環球時報(電子版)に掲載された論文で「米日豪が中国をスムーズに加入させることはあり得ない」と予想。ただ、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国は中国の参加を支持するという前提で、「時間と市場(の状況)は中国とASEANに有利だ」と指摘した。
 大きな課題である国有企業改革や知的財産権保護、データ移動などに関しても、王氏は「近年の政策措置と進歩により、中国はTPPに対応できる実力と能力を既に備えている」と自信を示した。
 一方、海外取材経験が豊富な国営通信社・新華社のベテラン記者が開設したといわれる微信(中国版LINE)アカウント「牛弾琴」は17日の論評で「中国のTPP加入申請は外交の妙手だ」と解説。TPP締結で中国は受け身の立場になっていたが、加入申請で一挙に主動的立場に転じたとの見方を示した。
 牛弾琴は「自由貿易協定(FTA)は米国抜きの方がうまく行くことに世界は気づいた」とした上で、「日本は米国の参加を歓迎するとしているが、あいにく米国は来ない。中国の加入申請を拒否すれば、TPPの初志に反し、商機を逃す。だが、中国を歓迎すれば、米国の怒りを買うことにならないか?」と日本の「難題」を指摘した。
 なお、台湾が22日、TPP加入を申請したと発表したことに対し、中国外務省は反対を表明。グローバル・タイムズ(電子版)は24日の論評で「台湾の加入が認められる可能性はほぼゼロ」「米国と日本が脚本を書き、民進党が演じる茶番劇にすぎない」と主張した。中国は、TPPの全参加国が中国の怒りを買ってまで台湾を受け入れることはあり得ないとみているようだ。

■「産業報国」見直しは習氏の政治的後退

 以上の論評から、中国では(1)米国が妨害しても、TPP加入は十分可能(2)中国の加入申請は米国をけん制し、先進国陣営をかく乱する効果がある─との見方が多いことが分かる。
 確かに巨大な中国市場には強い吸引力があり、中国との政治関係が険悪な国・地域でも経済界を中心に対中融和を求める意見が少なくないのは事実。また、中国には、1989年の天安門事件後の外交で貿易・投資受け入れ拡大をてこに主要先進各国との関係を改善し、世界貿易機関(WTO)加盟を実現した「成功体験」がある。
 しかし、当時の成功は、市場経済化を積極的に進めるトウ小平路線によって成し遂げられたものであり、トウ路線に否定的な現在の習路線の下では事情が異なる。
 前記の論評はいずれも、国有企業に対する優遇を見直す改革などの断行を前提としているが、「国有企業を強く、大きくする」というのが習路線の基本政策だ。国有企業改革どころか、「産業報国」を掲げて、民営企業を実質的に社会主義化していく政策も打ち出している。
 中国共産党政権は3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で経済・社会政策の指針となる第14次5カ年計画(2021~25年)と35年までの長期目標の綱要を採択し、「国内大循環を主体として、国内・国際の双循環が互いに促進し合う」新しい発展戦略を正式決定した。
 習近平国家主席は新発展戦略の基礎になった昨年4月の演説で(1)国際産業チェーンの中国への依存関係を深め、外部の人為的供給遮断に対する強力な反撃・威嚇力を持つ(2)国家の安全に関わる分野や重点において、独自のコントロールが可能で安全かつ信頼できる国内生産供給体系を構築する─ことを目標として掲げ、「いざという時に自己循環ができて、極端な状況下でも経済の正常な運営が確保できるようにする」ことを指示。党・政府の支援でより強大になった国有企業や社会主義化した民営企業が新戦略を担うことを想定していると思われる。
 中国がTPPに入るには、このように内向きな習路線の見直しが必要になるが、それは市場機能や民間の活力を重視する改革派への譲歩であり、習氏にとっては政治的後退を意味する。中国のTPP加入問題は日米など一部の外国だけでなく、習氏自身にも「難題」となるかもしれない。(2021年9月27日)

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