中国、「製造強国」まであと30年?─元経済閣僚の発言が波紋

 中国の全国人民代表大会(全人代)・人民政治協商会議(政協)に参加した元経済閣僚が「中国が製造強国になるという目標達成には少なくとも30年かかる」と述べて、波紋を広げた。経済の量的拡大だけでなく、質的発展を図る重要性を強調した発言で、保守派主導の習近平体制下で経済規模の大きさを誇る大国主義的風潮に対し、改革派が異論を唱えた形になった。

■「国内大循環主体」確定

 中国の国会に当たる全人代と国政諮問機関の政協は3月前半にほぼ並行して会議を開き、経済・社会政策の指針となる第14次5カ年計画(2021~25年)と35年までの長期目標の綱要などを審議した。
 綱要は昨年10月の共産党第19期中央委員会第5回総会(5中総会)で決まった基本方針に沿って、①国内大循環を主体として、国内・国際の双循環が相互に促進し合う新たな発展パターンの構築を加速する②消費と投資の需要が旺盛な強大な国内市場を建設する③科技(科学技術)自立自強を国家発展の戦略的支柱とする━と明記。全人代で採択され、正式に国家の政策となった。
 双循環と言いつつも、軸足は明らかに国内にある。①に関しては、特に「国内大循環の主導的作用を必ず強化し、国際循環によって国内大循環の効率と水準を引き上げなくてはならない」と強調。国内経済のスケールメリットを最大限に活かして、米国などからの圧力に耐えられる構造をつくり上げようという戦略だ。
 この戦略は、国内総生産(GDP)世界2位とされる経済規模への自信を土台とする。例えば、全人代・政協会議直前の3月1日に記者会見した肖亜慶工業情報化相は、中国が長年にわたって「世界最大の製造業国家」であることを強調して、工業の発展状況を自賛した。

■市場化改革呼び掛け

 ところが、政協経済委員会副主任で党中央委員の苗圩氏(前工業情報化相)は3月7日、政協の全体会議で「製造業の質の高い発展推進」をテーマとして、以下のように発言した。苗氏は大手自動車メーカー、東風汽車の元総経理(社長)で、市場経済化を進める改革に積極的な李克強首相に近いといわれる。
 一、世界の製造業は(質的レベルの違いで)4段階の構造になっているが、中国は第3段階(下から2番目)に属する。製造強国になるという目標達成には少なくとも30年かかる。
 一、わが国製造業の「大きいが、強くない」という状況に根本的変化はまだない。基礎能力は依然として弱く、核心的技術は他人に抑えられている。また、GDPの中で製造業が占める比率の低下が始まる時期が早過ぎ、低下のペースも速過ぎる。
 一、伝統的製造業のレベル向上を軽視し、製造業をサービス業で代替することで経済全体を成長させようとする考えには一定の支持があるが、製造業の比率の基本的安定を維持するとともに、産業チェーン・供給チェーンに対する独自のコントロール能力を高めねばならない。
 一、わが国製造業の質の高い発展を制約している問題は多いが、最も根本的なのは市場化改革が不十分ということだ。例えば、企業が公平な条件で競争するメカニズムはいまだに不健全で、目に見えない市場参入規制が存在する。エネルギー、土地などの価格は市場の需給関係を十分反映していない。また、企業の税負担は依然として重い。
 この発言を詳報した一部の中国メディアは、それに対して他の出席者からどのような意見が出たのかは伝えなかった。メディアには肯定的反応もあったが、インターネット上では一般の人々から「中国製造業のレベルが日米欧に大きく劣っているはずがない」「研究・開発より規模が大きい大衆向け市場を抑えられれば、それよいではないか」などと反発の声が出た。
 なお、李克強首相は11日の全人代閉幕直後の記者会見で日本の記者から「中国経済の規模は2028年に米国を抜くという予測があるが、どう思うか」と問われ、「中国はまだ発展途上国であり、現代化実現までの道のりは長い」と回答。経済の規模ではなく発展レベルを重視する姿勢を示した。

■「市場の決定的役割」復活

 市場経済化問題に関しては、李首相が全人代に対して行った政府活動報告で「市場が資源配置の中で決定的役割を果たす」という重要な文章が復活し、新5カ年計画綱要にも入ったことが目を引いた。
 習政権は13年の党中央委総会で、市場が資源配置の中で果たすべき役割をそれまでの「基礎的役割」から「決定的役割」に変更。これは14~17年の政府活動報告に明記され、党規約にも盛り込まれた。
 ところが、国家主席の任期が廃止されるなど保守的ムードが高まった18年の全人代以後、政府活動報告に「市場の決定的役割」は記されなくなった。昨年5月に開かれた政協のある分科会で習氏はこれに触れたが、同時に「市場の無計画性を絶対に克服しなければならない」と市場の否定的側面も指摘。「市場の決定的役割」はやはり、政府活動報告に明記されなかった。
 今回は、18年以後も「市場の決定的役割」を強調し続けた李氏の主張が反映された形になった。政府活動報告は昨年と比べて「市場」への言及が大幅に増えた。「民営企業の発展を支持する」「民営企業の発展を制約する各種の障害を除去する」という文章を加えて、民営企業に対する支持もより明確にした。
 ただ、企業関係の政策では「国有資本と国有企業をより強く、より素晴らしく、より大きくする」という保守的な方針が併記された。昨年12月の中央経済工作会議で示された「資本の無秩序な拡大防止」も盛り込まれた。
 前者は「民業圧迫」につながり、後者は政治的に乱用されれば、民営企業の発展を阻害しかねない。独占禁止強化を理由とする電子商取引最大手の阿里巴巴(アリババ)たたきには政治的思惑があるとの見方が多い。
 一方、習氏側近がトップを務め、党中枢の事務を取り仕切る中央弁公庁が昨年9月公表した民営企業に対する統制強化の方針は、政府活動報告に反映されなかった。
 習氏ら保守派は、本音では民営企業支援より国有企業強化、市場経済化より市場に対する統制拡大を重視するが、「国内大循環を主体とする新たな発展パターン」構築のためには民間の活力が不可欠というジレンマに陥っているようにも見える。(2021年3月15日)

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