党紙が謎のトウ小平氏礼賛論文─習主席主導の新歴史決議に異論?

 中国共産党の新しい歴史決議は、習近平党総書記(国家主席)が来年後半の第20回党大会で異例の3選を果たすための布石として、習氏がトップリーダーとしていかに優れているかを大々的に宣伝した。しかし、その直後に党教育機関の新聞が毛沢東のワンマン極左路線を是正したトウ小平を礼賛する論文を掲載。公式論文としてはタイミングや内容が不可解で、習氏の個人独裁志向に対する党内の異論を反映した可能性がある。

■「核心」は毛・習だけ

 中国共産党は11月8~11日、今年の最重要会議である第19期中央委員会第6回総会(6中総会)を開き、40年ぶりに歴史決議を採択した。正式名称は「党の100年奮闘の重大成果と歴史的経験に関する決議」で、同16日に全文が公表された。歴史決議を打ち出すことができた最高実力者は毛沢東、トウ小平に次いで3人目だ。
 新しい歴史決議は党史を(1)結党から中華人民共和国成立までの新民主主義革命時期(2)建国後の社会主義革命・建設時期(3)改革・開放と社会主義現代化建設の新時期(4)中国の特色ある社会主義の新時代─の四つに区分した。
 新決議によると、各時期の「党の主要代表」は(1)の後半と(2)が毛沢東、(3)がトウ小平、江沢民、胡錦濤の3氏、(4)が習氏。この5人のうち、胡氏以外の4人は公式に党中央の「核心」とされてきたが、新決議は毛と習の2氏だけを「核心」と表現した。トウと江の2氏は、もともと「核心」ではない胡氏と同格に下げられた形になった。
 新決議で言及された回数は、習氏が22回で最多。以下、毛18回、トウ6回、江と胡の両氏はわずか1回だった。この結果、習氏がトウ・江・胡の3氏より格上で、毛と同格であるかのような記述になった。

■実績は曖昧模糊

 新決議は、改革・開放時代になってから生じた党のガバナンス弛緩(しかん)、腐敗まん延、党の指導に対する認識不足、拝金主義といった問題を挙げた上で、習政権がこれらを是正したと主張した。皆が金持ちになることを大いに奨励した経済発展重視のトウ路線(江・胡時代を含む)に対する批判とも受け取れる。
 だが、毛、トウがまとめた決議がいずれも、自己の最高権力掌握を正当化するため、過去の指導者の誤りを名指しで厳しく批判したのに対し、新決議は名指しを避け、トウ路線と拝金主義など諸問題の関連性を指摘することもなかった。「棚ぼた」で総書記になっただけの習氏の威信と政治力が、革命・建国で大きな功績があった毛やトウに及ぶはずもなく、決議を出すためには妥協せざるを得なかったのだろう。
 このため、新決議は、毛に親近感を持つ左派(保守派)といわれる習氏個人のカラーがはっきり表れず、過去の決議のような政治的迫力を欠く内容となった。トウの決議が指摘した文化大革命、大躍進運動など毛の誤りに関する記述もそのまま引き継いだ。
 新決議は反腐敗闘争に関する記述で、江派の大幹部だった元党政治局常務委員の周永康氏、元政治局員の薄熙来氏ら大物の処分を習政権の功績であるかのような説明をしているが、実際には薄氏を打倒したのは総書記時代の胡氏。習政権下で失脚した周氏も弟分の薄氏とのつながりで粛清されており、事実上は胡政権から引き継いだ事案だった。
 新決議が挙げた習氏の実績は「党中央の指導強化」など全体的に曖昧模糊(もこ)としており、中国経済の規模を世界2位に引き上げたトウ路線の圧倒的成果と比べると、明らかに見劣りする。その不足を補うため、前記のようなトウらの格下げにより、習氏を持ち上げる細工をしたのではないかと思われるが、かなり無理な記述であり、党内でどれほどの共感を得ているのか疑問だ。

■「封建主義」批判呼び掛け

 新決議全文が公表された翌日の17日、幹部養成機関である中央党校の機関紙・学習時報がトウに関する論文を掲載した。1980年12月にトウが経済政策の調整や党の安定団結について語った演説を紹介する内容なのだが、「トウ小平」が見出しも含めて18回登場するのに対し、「習近平」は1回だけ。習氏を称賛する歴史決議全文が明らかにされた翌日の紙面とはとても思えない記述である。
 しかも、論文はトウの考えを引用して、党内外の思想分野に残る封建主義の影響を批判し、それに反対する必要があると指摘した。ここで言う封建主義は「家父長制」や「鶴の一声」を指す。要するに前近代の皇帝のような個人独裁だ。
 この演説は、トウが当時の華国鋒党主席を引きずり下ろす過程で行ったもので、「トウ小平文選」第2巻に収録。トウは演説で集団指導の重要性に触れた上で「鶴の一声、ある個人が言えばそれで決まり、集団で決定したのに少数の人が執行しないといった欠点を断固として正さなければならない」「権力が過度に集中する弊害を引き続き克服していく。幹部指導職務の終身制を廃止する」と述べている。
 新決議はトウの決議で明記された個人崇拝禁止と集団指導実行に触れなかったが、学習時報の論文はまさにその二つを強調したトウの演説を基にして、封建主義反対を訴えた。習氏による国家主席の任期撤廃が終身制を目的としているとの見方もある中で、意味深長な主張である。
 習派の大幹部(陳希党中央組織部長)が校長を務める中央党校の新聞がこのタイミングでこのような論文を発表したのは驚きだ。論文が今も党内に多いとみられるトウ路線支持者に対する習派の忖度(そんたく)なのか、非習派の異論表明なのかは分からないが、いずれにせよ、個人独裁を追求する習氏の政治姿勢が党内で完全な支持を得ていると言い難いのは間違いない。(2021年11月23日)

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