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「不浄負け」という不思議なルール

相撲でまわしが取れると「不浄負け」に

相撲でまわしがほどけると、「不浄負け」という決まりがあって、まわしがほどけた力士が負けになる。そんなことがあるのかと思う人もいるかも知れないが、かつて「若秩父」という力士が、まわしが取れて負けたことがあったらしい。あったらしいとは何とも歯切れの悪い表現になるが、この相撲の取り組みの様子を「なぎら健壱」というコミカルなシンガーソングライターが「悲惨な戦い」という歌にしている。

昔そういうことがあったので、その後私はこの「不浄負け」という決まりに一定の関心を持っていたが、テレビなどで取り組みを見ていると意外に「不浄負け」になりそうな取り組みを多く見かけることがある。なぜ、そんな脱げそうになるほどゆるゆるのまわしをしているのかと思う人もいるだろうが、それにも力士にとってはデリケートな事情があるらしい。相撲の取り組みでは、まわしを取る、あるいはまわしを取られるのが勝ち負けを大きく左右する。そこで、相手の力士にしっかりまわしを取られることが苦手な力士はまわしをゆるゆるにして、まわしを取られても相手の力士にまわしをしっかり握れないようにする。一方どうしてもまわしを取られたくない力士は、重ねたまわしに一本の指さえも入らないように、固く締める。互いにこうした事情があるので、まわしの巻き方は大したことではないようで、かなりたいしたことなのだ。

「なぎら健壱」の「悲惨な戦い」は虚構の取り組みだった

そんな気持ちを抱えながら大相撲を観戦しているのだが、最近ネット上である一文を見つけた。それはネット上でもすでに10年近く前に発表された過去の記事だった。「なぎら健壱」のこの歌は、レコードの発売時点から「悲惨な戦い」というタイトルだったが、放送禁止の処分になって発売できなかったことは私たちも噂として聞き知っていた。
ところがこの記事を読んでみると、どうも私たちは「悲惨な戦い」に関して、間違った情報を伝えられていたことに気付いたのだった。私も若秩父のまわしが取れたというニュースをリアルタイムで知っていたわけではない。実際のところは、いつの頃かそういうニュースが流れだしたというのが本当のところだと思う。

この事件があった当時には、この事件は巨漢の「雷電」という力士と「若秩父(なぎらは、実在の若秩父と混同されることを避ける意味でか、あえてハカチチブと呼んでいる)」という力士との対戦の中で起こったと伝えられていた。しかし、最近私が目にした当時のニュースでは、この事件の当事者「雷電」と「若秩父(ハカチチブ)」はともに、「なぎら健壱」が創作した架空の力士だったことが明らかにされている。つまりかつて「若秩父」という実在の力士はいたが、「なぎら健壱」がモチーフにしていたのはその人ではなく架空の力士だったのだ。しかし、若秩父という実在の力士がいたことから、この話の虚実が混ざってしまって、結果的に歌の中の登場人物を実在している力士と混同させる結果となったようだった。ただ、この歌が放送禁止の扱いになっていたことは事実のようで、つまり虚構のニュースを私たちは何となく本当の出来事のように信じさせられていたのだった。

実際に「不浄負け」が公式記録に残ったのはただの1例

「なぎら健壱」創作の架空の取り組みがテーマになっている曲が、放送禁止になるというのも不思議なことだった。この曲がなぜ長い間放送禁止の扱いになっていたのか、今さら事実が明らかになるとは思えないが、相撲協会が嫌がるだろうと先読みして、相撲協会と懇意だったメディアが自己検閲したのかも知れない。ただ、「不浄負け」というのはとても珍しい出来事で、たとえ架空の歌であったとしても相撲協会がかなり慌てたのではないかと考えられる。つまり「不浄負け」は、ルール上には存在するが、実際は決して起こってはならないはずの反則技だったのではないかと思うのだ。それが仮に架空の歌であっても,突然メディアに登場したので、相撲協会やメディアとしては、慌てて「不浄負け」という決まりに蓋をしたということではないかと思う。

「なぎら健壱」の歌が発表されたのは1973年なのだが、相撲協会の公式記録に「不浄負け」の記録があるのは1917年(大正6年)のただ1例だけで、このルールはあったにしても実際に運用されたことはほとんどなく、一種の概念的なルールとされていたのかも知れない。一般的考えると、長い歴史の中で一度だけ記録されたくらいだから、もう一度起こるとは誰も思っていなかったのだろうが、実際は2000年の五月場所で2例目の「不浄負け」が記録されている。実に「なぎら健壱」の架空の「不浄負け」の歌が発表されてから、27年後のことだった。知っても知らなくてもどうでもいいような話だが、思わず笑ってしまうような不思議な話題だと思う。ファクト・チェックの点では、「なぎら健壱」のコミック・ソングが出典であるということと、時間が経過し過ぎているので情報が万全とは言わないが、私が調べたところ、ほぼ信頼に足るのではないかといったところだと思う。


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