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【短編小説】小さな嫉妬

ごとん。
   自販機の取り口に手を伸ばし恭介はいちごミルクを掴んだ。暑かろうが寒かろうがいちごミルクは彼のマストである。レモンティーも好きだ。
   なけなしの小遣いで買った飲み物をちびちびと飲みながら校舎棟の方に歩いてゆく。
自販機は校舎棟と体育館棟を渡る通路、つまり外にしかない。本日は生憎太陽が張り切っているようで、恭介の身体をじわじわと蝕んでゆく。
   暑さにやられた彼はあ"〜、とよく分からない呻き声をあげながら校舎に入った。

「う〜ん、涼しい〜」
廊下はよく冷えていて、幾分か救われた心地がする。校舎に入ると同時に飲み干してしまったいちごミルクの缶をカラカラと振りながら木造の廊下をぶらぶらと歩く。
   廊下の突き当たりまで来ると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。

「日暮日暮、はい、チーズ!!」
(日暮……?)
日暮と聞いて思いつくのは、いつも我が彩海家にやって来ては夜の時間を共に過ごす昔ながらの友達、通称「日暮くん(日暮お兄ちゃん)」だ。
   恭介が声の方に進むと、ピンクベージュの髪をひとつにまとめた日暮と、その隣で携帯を構える1人の男子生徒がいた。
癖毛のベージュ髪に、ピンク色のヘアバンド。
どうやら日暮の友達らしい。2人で自撮りをしている様だ。
ヘアバンドの彼と一緒にいる日暮は、はにかみながらも随分と楽しそうなのだった。
(日暮くんの友達かぁ……)
恭介は傍にあったゴミ箱にいちごミルクの缶を投げ捨てた。


「——それでね、恭くん」
かちゃかちゃと音を立てながら食器を洗う恭介の後ろで、日暮は先程からずっと楽しそうに口を動かしている。
「花咲が荷物持ちのじゃんけんの勝負をしようって言い出すけど、いつも負けるのは花咲でさ笑」
「……花咲って、昼間日暮くんが一緒に自撮りしてた人のこと?」

「!そうだよ。恭くん居たの?」

「いや、たまたま通りかかって」

「へえ、そうなんだ。それでね、花咲が……」

日暮はその「花咲」と随分と仲がいいらしい。今日は特に楽しかったようで、家に来るなり恭介に延々と体験報告をしている。
   日暮は恭介から見ても中々のインドアである。
友達がそう多くはないだろうと思っていた為、楽しそうな学校生活を送れているようで良かった、と恭介は思う。
——しかし、なんだろう。このいくらか腑に落ちない気持ちは。
水を出し続けているたらいが浸水していく。
恭介は黙々と手を動かしながら日暮の話を聞いていたがふとその手を止め、
「——日暮くん」
「何、恭くん」
「あの〜、……別に楽しそうなのはいいんだけど……」
「ん?」
「……日暮くんのこと1番知ってるのは、俺だからね」

「……」
「……」

   部屋に水を流す音だけがざあざあと鳴り続けた。
我ながら変なことを言ってしまったと、恭介が焦りだしたその時、日暮が笑い声を漏らした。

「……ふふ」
「なんだよ!!」
「そうだよ、恭くんが1番僕のこと知ってるよ」
「そうだよ!!!!」
「だからわざわざ妬かなくてもいいんだよ、笑」
「ぬ……悪い?!俺の日暮くんだも〜ん!!!」
「だも〜ん笑笑」

   明日は日暮くんも誘っていちごミルクを買いに行きたいな。
恭介は笑いながらふとそう考えた。

歳が1つ違う、幼なじみの2人のお話です。
ほっこりした気持ちになって頂ければ幸いです。

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