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本当は、長期インターンをしたかった!!   学生アルバイト103万円への苦痛

こんにちは、関西の大学4回生の藤原です。   

昨日は内定先の関西メンバーと『阪急うめだビアガーデンマルシェ』へ行きました。料理もお酒も美味しく楽しい飲み会になりました。

ところで、今日の本題ですが、学生なら一度は経験がある103万円の壁です。
103万円の壁とは、『パートやアルバイトで働いている人の年収が103万円以内であれば、税金面で優遇される』というものなんです。簡単に言うと、103万円以上を稼いでしまうと扶養から外れ、父母の税金が上がり結果的にお給料が少なくなるということですね。

タイトルにもあるように本当は長期インターンに挑戦し残りの大学生活を送りたかったのです。来年からネット広告代理店で働くので少しでも知識面のアドバンテージを得て来年からの成長の傾きを大きくするため、WEBマーケティングの会社で働きたいなと思っていました。

そこで知り合いを通して、WEBマーケティングの会社を紹介して頂きました。
ここまでは順調でした。関西では長期インターンできる企業は少ないのにもかかわらず運良く知り合いから企業を紹介して頂けて私は運がいいなと思っていました。

問題はここからです!!6月末で今年の収入が103万円に到達するまで残り35万円という事実に気づきました。就活でのクレジットカード借金返済のために始めた、固定バイト+短期アルバイトで4月5月で数十万円ほどアルバイトで荒稼ぎしてしまっていたのです。
現在私はアルバイトを2つ掛け持ちしています。塾講師とコンビニ店員です。
長期インターンをするに当たり、コンビニ店員は辞めようと考えていました。しかし塾講師のアルバイトでは担当している生徒がいるので最後まで責任を持って続けようと決めていました。塾講師のアルバイトは固定で週3で月4万円程度もらっています。残り半年どう計算しても塾のバイト代だけで103万円ギリギリです。

しかし、絶対に長期インターン出来る機会を逃したくなかった私は2つの方法を考えました。

①両親に103万円をオーバーしても良いかどうか相談する

②会社に無給でもいいからインターンを受け入れてくれるか相談する
 (お金よりも経験を積みたかったため無償でも働きたかった)

まず①ですが……即失敗に終わりました。
もともと、両親は長期インターンに対して理解がなく、私が大阪まで2時間30分かけて働きに行くこと自体に反対でした。そこを無理やりお仕切りインターンをするという選択だったのでもちろん、103万円の件なんて承諾してくれるはずもありませんでした。
※ちなみに、兵庫県の田舎に住んでおり大阪まででるのに結構時間がかかります

次に②ですが……これも失敗に終わりました。
インターンには面接がありました。面接自体には受かりました。その後、給与面の事情を伝えた所、会社の方も色々考えてくださりました。これは、いけるのではないかと期待していましたが、無償で働くことは法律的に宜しくないので残念な結果に終わりました……。

結果、私は長期インターン出来ませんでした。
しかしこれで終わったら意味がありません。出来なかったのなら、出来ることを探すべきだと思っている時に、このnoteにたどり着きました。

今回のこの経験を踏まえて103万円壁への違和感と自分自身の決断の甘さを痛感しました。
学生の間にしか出来ないことは沢山ある。それを経験するのとしないのとではまったく違った人生になると思います。現在の103万円の法律はそういった挑戦やチャンスを学生から奪っている一つの問題点であるのではないでしょうか。

また、本当に長期インターンしたいのならば4年間続けてきた塾講師をやめるという決断をするべきでした。そうしたら給与面の余裕がでて働けるからです。しかし、私は簡単に4年間務めてきた塾講師を辞めるという選択は出来ません。たかがアルバイトと思われるかもしれませんが、生徒にも仕事にも責任があります。それを放り投げてでも長期インターンをする!という勇気が出ませんでした。
色々な責任や情はありますが、そこで辞めるという決断が出来ず、新しいチャンスを棒に振ってしまった私自身の中途半端な気持ちと、大切な時に決断をくだせないのが私の弱みであると今回痛いほど実感しました。

私は長期インターンよりも塾講師を優先しました。その選択が正しかったと思えるためにも残り数ヶ月全力でまっとうし結果をしっかり残して務めあげます。

この記事を読んでくれた皆さんも、もしかしたらどうしようもない選択にせまられる時があると思います。どっちの選択にしても後悔は絶対にあると思います。だからこそ、自分が選択した事には全力で取り組みこの選択でよかったと思えるようにしてほしいです。

以上!!

長文にもかかわらず読んで頂いてありがとうございました。