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ワーキングメモリについて

2010年代の一時期、ワーキングメモリについて熱心に調べていたことがあった。そこで、その顛末(てんまつ)についてここに書き留めておこうと思う。なお、2023年現在の深草(素人)の結論としては「ワーキングメモリを鍛えられるというエビデンスは無い。仮にあるとしても、上達させたいスキルがあるならそのスキルを直接使う訓練をおこなった方がよい」である。だから、この結論以上にポジティブなことを知りたい方はここで読むのをストップしてOKである。また、もし私が調査をやめた後に有益な情報が判明したということなら、私も知りたい。

以下では、科学の素人である深草が断片的な知識をつないで自分自身の「要領の悪さ」をカイゼンしようとした経路を書いておく。科学的には誤った俗流解釈や記述も混ざるかと思うが、ご容赦もしくは訂正願いたい。

まず、自己訓練のためにできるようになりたいことは「習慣化」である。例えば英語やダイエットなどを思い浮かべてもらえばわかるように、座学にせよ実技にせよ「毎日○○分」の積み重ねができる方が「一夜漬け」ができるよりもずっと応用が利くし、毎日最高の実力がキープできる方がかっこいいからである。また、個人的には中学校の勉強は「一夜漬け」で対処できたが、高校に入って「一夜漬け」が無理な勉強量になって落ちこぼれたという苦い経験もあった。なお、習慣化というのが我々の生活の重要な部分をなしていることについては下記『習慣の力』を、また、著名なクリエイターや研究者がそれぞれ独自に実践していた生活習慣あるいは生活スケジュールの組み方の具体例については『天才たちの日課』を参照するとよいだろう。

この「習慣化」というのがうまく達成できるかどうかは果たしてそれ自体を一つのスキルとして取りまとめられるものかどうかはわからない(=あらゆる習慣化に共通して底上げできる神経基盤があるのかわからない)のだが、目先の物事に対する優先順位をつけて要領よく実行できる、つまり習慣にすべきことを思い出した上で後回しにせずに着手実行まで持っていける脳が必要なのは当然だろう。

そこで「ワーキングメモリ」と呼ばれる機能が重要なようである。「ワーキングメモリ」とは、「脳のメモ帳」とも呼ばれるが、私の荒い理解では短期記憶能力とそれを取り扱う要領の良さがくっついたようなものである。つまり、取り入れた情報を書き留める小さな白板とそれにうまく書いたり消したりする能力のことのようだ。当然、白板自体が大きかったり、書き留め方が整然としていたり、書き留めたことがすぐに薄れない方が使い勝手がよい。また、白板に箇条書きで書かれた物事の優先順位を頭の中でうまく入れ替えた上で適切な順番でなおかつ漏れなく実行できるのもワーキングメモリの良さに由来するという。だから、目の前の誘惑がワーキングメモリに書き込まれても、習慣化すべきこととそれを比較して、習慣化すべきことをさっさと実行するのはワーキングメモリの力だということになる。

しかし、仮に「習慣化」にとって「ワーキングメモリ」が重要だとしても、「ワーキングメモリ」を鍛えられるのかという疑問が残る。なぜならば、人間の知能には「結晶性知能」と「流動性知能」というのがあり、「結晶性」の方は知識を取り扱い、また知識は経験を重ねることで長期記憶上に蓄積するものだが、「流動性」の方は生まれつきの臨機応変さのようなもので、少なくとも成人になって以降は発達しないと考えられていたからだ。そして、短期記憶やワーキングメモリもこの「流動性」の方に入れられている。では「ワーキングメモリ」は生まれつき決まった能力で鍛えることはできないのか? これについては瞑想・楽器演奏・二重課題などのトレーニングで実は向上させられるという意見があった。また、ワーキングメモリを鍛えられるツールやサービスを提供するというビジネスもあるようである。

しかし、まだ「転移」の問題が残っている。例えば二重課題(Nバック課題などが代表的)という試験はワーキングメモリを使うので、それを測定するために使われている。そこで、二重課題の試験をたくさんこなせば、ワーキングメモリをたくさん使うことになり、ワーキングメモリ関連の神経が発達する。だがそれは二重課題が上達したということに過ぎない。言い換えると、筋肉の場合であれば、ランニングで使う筋肉と本番のボクシングの試合で使う筋肉とは共通しているから、ランニングの量が本番に影響を与えうる(転移)のだが、ワーキングメモリの場合、特定の訓練で鍛えられた神経基盤が本番で使う神経基盤と重複しているかどうかあやしいのである。もし重複しているならば、筋肉と競技スポーツのように転移が生じて本番のパフォーマンスも底上げされるのだが、重複していなければ脳トレゲームがうまくなるだけか、せいぜい現状維持であろう。

さらに、追い打ちをかけるのは知っている人にとってはお馴染みの「心理学の再現性」問題である。例えば「マシュマロテスト」と呼ばれるものがあって、子供の目の前に好物のマシュマロが1個載った皿を置き、一定時間ガマンして手を出さなければ2個のマシュマロを与えるといったものである。そしてガマンできずに1個のマシュマロを食べた子供と、あの手この手でガマンして2個のマシュマロを獲得した子供のその後を追跡すると、なんと2個組の方が成功した大人になったというのである。そして、このような目の前の誘惑に飛びつかずに優先順位を頭の中でうまく入れ替えられる能力はワーキングメモリの強さが一因なのだ……という説明がなされる。しかし、この実験も含めて心理学の実験は追試をかけると4割以上が再現しなかったということが2010年代後半に入って明らかになってきた。

だから、心理学よりも生理学、すなわち物理的な実体のある神経に拠り所を求めたいのだが、神経基盤の問題については上記のように「転移」が生じるかどうかわからないという報告がある。

「ワーキングメモリ」というのも心理学上のモデルであるが、「再現性」の問題を受けて、新しいモデルが提案され検証に耐えうるものができてくれるとうれしいがどうだろうか。いや、素人の私が知らないだけでもう新しい動きが始まっているのかもしれない。

(2,575字、2023.11.26)

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