見出し画像

音楽としあわせ

いわゆるローグライクと呼ばれるジャンルのゲームで「トルネコの大冒険」というタイトルがある。トルネコという名前の商人が主人公で、地下迷宮を探検してモンスターと戦いながら財宝を探すという内容だ。この地下迷宮の最下層には「しあわせのはこ」というアイテムが設置されており、それを地上に持ち帰ると幸福を手に入れることができるという。

ゲームでは、実際に「しあわせのはこ」を手に入れると音楽が流れ出す。そしてそれを聞いた皆がしあわせな気持ちになる。しかし、なぜ財宝などではなく、音楽なのだろうか? 少し理屈をこねて解釈してみたい。

テレビアニメや映画のシーンで、絵画が登場するとき、私たち鑑賞者はそれが絵画ではないことを了解している。つまり、それは絵画ではなく直接にはアニメや映画であって、それが「絵画」とみなされるのはアニメや映画の「登場人物たちにとって」という想定でみているのである。だから、画面のなかに登場する絵画が大したものにみえなかったとしても「ああ、この登場人物たちにとっては五十億円しそうな名画にみえるのだな」とズラして記号的に了解することもできるのである。

このような記号化は音楽では通用しにくいように思う。映画のBGM、すなわち背景音楽は映画内の登場人物には聞こえない。一方、映画の中で演奏されている音楽は、視聴者にも聞こえるのが通常である。しかし、この二つは形式的には区別ができない。たとえば、動画のなかで電話の呼び出し音がなっているのに自分の携帯電話がなったかと誤解してしまうことを念頭においてもらえば、わかってもらえるのではないだろうか。

こうしたことから、音楽という表現は物語の登場人物と視聴者とに一体感を持たせるのに有効なように思える。「しあわせのはこ」を開けることで流れてくる音楽は、ゲーム内の音楽であると同時に背景音楽にもなっている。つまり、ゲームの主人公トルネコの立場に立って考えてみるならば、その音色が天上から、すなわち、ゲームを超越した世界から流れてくる音色だと解釈できるだろう。

幸福は客観的条件によっては決まらない。お金持ちでも友人や恋人や家族に恵まれていても、やはり幸福でない、という人はいる。そのような人に欠けているのは、ひょっとすると、天上から流れてくるこの「音楽」なのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?