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海を感じるボールペン

 そのブースに立ち寄ったのは偶然だった。
 5月29日土曜日。オリジナルのアート作品の即売会「デザインフェスタ」にて、友人のブースに足を運んで挨拶と買い物を済ませたあと、このあとどうしようかな、とフラフラ歩いていたときのことだった。

 きらびやかな雑貨を売っているブースの前で、ふと足が止まった。

 中でも目を惹いたのは、ボールペンだった。
 金色や銀色のボールペンの軸の上部が、海や夜空を模したデザインとなっている。ラメ素材が入っているようで、キラキラと光を反射している。

「こんにちは。ゆっくり見ていってくださいね」
 売り子の女性が声を掛けてくださった。女性の話によると、ボールペン上部のデザインはレジンで作ったとのことだった。私も4年ほど前にレジンアクセサリー作りを試みたこともあったが、最近はめっきりご無沙汰だ。
 ふーん、アクセサリーだけでなく、こうしたボールペンのデザインにもレジンを活用できるのか。私は店頭に並べてあったペンをいくつか手に取ってみる。


***

 このボールペンを手に取った瞬間に思い出したのは、今から22年前のことだった。小学4年生が終わる、春休みのことだ。

 その年の春休みは、家族でハワイ旅行をした。私や妹たちにとっては初めての海外旅行だ。妹が授業で描いた絵がコンクールで賞を取り、その商品としてハワイ旅行がプレゼントされたのだ。
 そしてその年の春は、私たち家族の引っ越しも決まっていた。父の仕事の都合で、東京から長崎に引っ越すことになっている。

 終業式の前の日に、クラス内で、私ともう1人同時期に転校する男子の合同の送別会が行われた。みんな一人一人ささやかなプレゼントを持ってきてくれており、思いがけない展開がとても嬉しかった。
 一方で、私からは何も餞別の品を用意していなかった。ただ、引っ越す前にハワイ旅行がすでに予定されていたので、家族と相談した結果「ハワイで買ったおみやげを後日学校に送り、配ってもらおう」ということになった。私が通っていた小学校は小さな学校で、クラスは1クラスしかないため、新学期もクラスメートの顔ぶれは同じになるのだ。

 ハワイでは、クラスのみんなに配るものとしてボールペンを買った。南国の樹木やイルカのシルエットなどがデザインされており、軸がキラキラしているボールペンだ。
 当時人気があった、ポケモンシールのキラデザインのようなホログラム加工がされている。5本入りで売られていたボールペンのセットを5ケースほど買い、一人一人にメッセージを書いた小さな手紙をつけ、親に頼んで学校に送ってもらった。


 ───その春休みから10年の月日が流れ、同級生の1人と再会する機会が訪れた。話の中で、私が送ったボールペンのことが出た。
「あの綺麗なボールペン、ありがとう。中学上がったときくらいまで使ってたよ」と。
 そんなに長く使ってくれていたのか……。思わぬ言葉に胸が熱くなった。私も同じボールペンを1本くらい自分用として持っていたはずだったが、その後の度重なる引越しで処分してしまったような気がする。いつまで持っていたかも覚えていない。

***


 デザフェスのブースの一角で、海を模したきらびやかなボールペンを手に取ったとき、この一連の思い出が蘇ってきた。
 あのハワイで買ったボールペンは、もっと全体的に軽くて安っぽさがあった気がする。このブースに並ぶボールペンはずっしりとした重みがあり、ハワイのおみやげのボールペンとはまるで似ていないはずだ。それでもなぜか私には、このボールペンが、ハワイで買ったボールペンの生まれ変わりのように思えて懐かしくなった。

 私が東京で通っていた小学校は7年前に廃校になり、私が当時住んでいた団地も廃墟になっている。楽しい日々もいつかは思い出になってしまうけれど、モノは使える限り一緒にいてくれる。


 このボールペンを1本、迎えることにした。このペンはこれからしばらく、私の机やペンケースの中で輝きを放ってくれることだろう。二度と戻らぬ毎日に、レジンの中のラメの輝きが寄り添っていく。

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