血桜姫の想い

ーーーーードサッ…

…不味い、血がこんなにも不味い物だとは思わなかった。

生きていくためだとはいえ、美味しくもないこの味に嫌気がさす。嗚呼、口の中が苦い、口の中に広がる人の血が不味くて堪らない。何度も何度も味わう人の味、肉の感触、匂いがこんなにもまとわりつくとは思わなかった。

(虫酸が走る、こんなにも苛つくのは何故だ)

自分の足元には無数の亡骸が、一、二、三…と数え仕切れないぐらい転がっている。こんなにも転がっていても、嗚呼、満たされない、何故こんなにも渇きが満たされない、何故だ!

ガラリと襖を開ける音で我にかえり、振り向けばそこには子鬼が我の部屋に恐る恐る入ってきた。

「血桜姫様」
「何だ」
「報告がござ「要らぬ」

そんなもの我に言わなくても家臣に言えばよかろう?と怒気を含んだ声で言えば、子鬼はひっと声を震わせて怯えた眼で我を見る。嗚呼我を見るこの眼が至極忌々しい。

ーー何故我に対してそんな眼で見る?

「そ、それでも、ご報告を申し上げたい事が…」
「ふん、申せ」

今し方血を極限まで吸い上げて干からびた人間の方に向き、しゃがみ込んで眺めつつ、よく耳を傾けていればなんてことはない、外に巡回していたはずの小鬼が首だけになって帰ってきたという報告を聞き、ふつふつと怒りが込み上げた。

「それだけか報告は」
「ひっ…」
「やはり、聞くだけの価値には…」

我には無いな?と声を低めて睨みつけると、その者は顔面蒼白となり身体を震わせて今にも泣き出しそうな声で「申し訳ございません、お、御許しくださいませ」と我の着物の裾を引っ張り、懇願してきた。

「…嗚呼、御前もそこなの亡骸と同じようになってみるかえ?」
「ひっ!」

そんな、滅相も御座いませんお願いです、お許しをと言わんばかりにガタガタと身体を震わせて、我の目を見ずに懇願するその姿になんとも言えない感情が湧き上がる。

(まただ、我に対してのその態度を幾度も見ては、心が少しずつ少しずつ冷めていっているのを分からぬのか!)

ポタポタと血が滴れる音が聴こえて、ふと自分の手をそっと開けばいつの間にか力を込めていたのであろう、爪で食い込んだそこから血が出て、ポタリと床に落としていくその様を眺めていると我に仕える家臣が大慌てで部屋に入ってきた。

「血桜姫様…!」

血相を変えて慌てて走ってきたのか、激しく空気を吸う音が部屋中に響き、我の足元には鼻を啜る音も聴こえて下を向けば、硬直してその場から出ていけない子鬼の姿がまだ居る。

「まだいたのか、さっさと出て行け」
「は、はいい!」

勢いよくその場から離れて出て行く姿を見て、腹立たしさを通り越して笑みが出てしまう。

「これはこれは、我が家臣。慌てて我の部屋の入って来るほどの事の重大であるということで間違いはないだろうな?」
「姫様…」

子鬼と同じぐらいの顔色が蒼白になっているのが、目で見て分かるぐらい恐怖心が出ているのをみて、大きくため息を吐いた。

「御前までその目で見るなと」

何度も言ったのにまだ直らないのか?と憤怒の含んだ声でいうと、家臣はハッとしたかのように我を見つめ返してきた。

「申し訳「御託なぞいらん、さっさと話せ」…はい」

事のあらましと小鬼の報告の内容に大差は無い、が、跳ねた相手は厄介な相手だと言う事と、我の耳に入れば更に不機嫌になるだろうと予想して、慌てて向かえばその通りの展開になっていた事に、家臣は冷や汗をかきながら、必死になって話している様子をみて悟った。

「なるほど…我が其奴を噛みつこうと予想してのか?我を見縊るな」

大体其奴が首を跳ねた理由も予想がつく、くだらん厄介事に突っ込んで、自爆したのだろう。それも其奴の怒りを買ってだ。

「それによりによって守族の山に入った、禁忌を犯したなら、相応しい罰を与えられたと思えば良かろう?」

問題なぞ無い、我が口酸っぱく入るなと言付けしていても入る奴は居るのだろう、だから聞く価値はないと言ったら、怯えてしまってな至極虫唾が走ったと言えば、家臣は更にガタガタと身体を震わせて、身を縮こませていた。

「そんなに我が怖いか?」

微笑みながらそっと指差しで家臣の頬をなぞれば、更に身体が震えているのを見て、更に怒りが湧き上がり勢いよく顎を掴み爪を立てた。

「ギャァァァ!痛い痛い!」
「我の言った事忘れたのか?軽くみておったな、二度も言わないから聞け」

ーそんな目で我を見るな

ガタガタと身体を震わせて目で頷いた家臣の様子を見て、掴んでいた顎を離すと家臣は力が入らないのか、へたりとしゃがみこんだ。

「分かったなら、部屋にある亡骸を処分しておけ」
「…はい、姫様」

呆然としている家臣を余所に、部屋の窓を勢いよく開け、羽を広げてその場から飛び立った。

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