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【2023年】最高な本トップ3

今年一年を振り返って、好きな本の話をします。

3位 
ポール・オースター『オラクル・ナイト』


あらすじを引用


重病から生還した34歳の作家シドニーはリハビリのためにブルックリンの街を歩き始め、不思議な文具店で魅入られたようにブルーのノートを買う。そこに書き始めた小説は……。美しく謎めいた妻グレース、中国人の文具店主Ⅿ・R・チャン、ガーゴイルの石像や物語内の物語『神託の夜(オラクル・ナイト)』。ニューヨークの闇の中で輝き、弦楽四重奏のように響き合う重層的な愛の物語。

感想

ひとり暮らしを始めて、一番楽しいのが部屋を作ること。昔はよく、どうぶつの森をやっていた。特にロココシリーズが好きだった。自分の思うままに家具を揃えて、眺めてるだけで十分だったのに、実際に自分がその部屋に住めることに喜びを感じる今日この頃。
部屋づくりをしていくうちに気がついたのだけど、自分は部屋の中に、より狭くて小さい空間を作りたがる。
今は、押入れの扉を外して、小部屋を作って、そこでnoteとか小説とかを書いているのだけど、その小部屋はぬいぐるみとか毛布とかが敷き詰められている。こう書くと恣意的な感じがするけれど、普段は表に出さない心のあり様が自然と小部屋に反映されているようで、悪くない。その小部屋の中でもさらに圧縮されたものが、小説として形になれば最高。

前置きが長くなったけど、この小説を読んで、感じたことを言葉にしようとしたとき、なんだか自分の部屋のようだなと思った。

劇中劇というのか、この小説には、主人公のシドニー・オア(職業は作家)の物語がまずあって、次に作中で彼が書く物語がある。その物語の中でも『オラクル・ナイト』という題の物語があって、入れ子箱(チャイニーズ・ボックスというとより妖しくて良い)とかマトリョーシカ人形のような構造が小説内にある。
3つの物語がある中で、一番大きな物語はもちろんシドニー・オアの物語。残り2つの物語は彼が作り出したものであって、普通であればその矢印は、シドニー→劇中劇と『オラクル・ナイト』の向きでしかない。
ただ、この小説が面白いのは、その矢印がひっくり返るから。

「言葉は現実なんだ。(中略)書くというのも実は(中略)過去の出来事を記録するのではなく、未来に物事を起こらせることなのかもしれない」

『オラクル・ナイト』≒神託の夜の世界観では、因果関係が簡単に逆転する。
作家が物語を書くのではなく、物語があるから作家がそれを表している。それはあたかも、神と預言者の関係のように。
そしてその預言は必ず現実のものとなる。

この小説の最後に、シドニーはある一つの物語を書き上げる。それは、謎めいた行動をしていた妻グレースをめぐる推察の物語。
裏取りの取れた根拠があるわけでもないけれど、何故か確信を持って書き進められる。

シドニーが物語を書き上げて間もなく、彼の人生も大きく動くこととなる。
何重にも囲われていた彼の世界は、強盗による暴力という形で突如開かれる。そして、グレースの謎に対しても、露悪的な方法によって答えを知ることに……

最後の展開にやられた。果実のような柔らかい剥き身に、容赦なく襲いかかる現実と暴力。そして、幸福。
最高に面白い作品でした。


2位
劉慈欣『三体』

あらすじを引用


物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。
数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは

感想

シリーズは3部、1部以外は上下巻ありの、計5巻。読む手が止まらない。いや、正確には第2部『暗黒森林』を読み終えた時点で、3ヶ月くらい第3部『死神永生』には手を出せなかった。何せ、第1部から第2部までが完成度が高すぎる。「どうせ、蛇足なんでしょう?」と高くなりすぎたハードルを前にして、怖気づいていました。今思えば、自分は愚かでした。第3部が一番面白い。

そんな具合に、常に面白さのボルテージが上がり続ける、異常な作品。本当に、人生の中で1番ワクワクしながら読み進めた。

数学的問題、異星人の文明を模したVRゲーム、フェルミのパラドックス、軍艦。代わる代わるテーマが変化して、そのどれもが探究心とか冒険心をくすぐってくる。
自分が1番好きなSF作品は、『幼年期の終わり』なのだけど、未知との接触・高次の存在への変貌(高次じゃなくても良い)っていう要素が好きで、その要素は『三体』にも多く含まれている。個人の目線で、人類単位の変貌の瞬間や歴史が語られるのが好き(普段の自分が引きこもってばかりいて、外に目を向けられないからかも知れない)。

普段の自分の読み方は、理解や共感とかを求めるような、自分を透かして作品にあわせること(逆もまた然り)を目的としているけれど、『三体』のようなとても面白くて力のある作品にグイグイと引っ張られる読書は、とても楽しく快感を伴うものだな、と感じた。今まででトップレベル(いや、のめり込み具合は間違いなくトップ)の読書体験だった。

1位
佐伯一麦『ノルゲ』

あらすじを引用

染色家の妻の留学に同行し、作家はノルウェーに一年間滞在した。光り輝く束の間の夏、暗雲垂れ込める太陽のない冬、歓喜とともに訪れる春。まっさらな心で出会った異郷の人々との触れ合いを縦糸に、北欧の四季、文学、芸術を横糸に、六年の歳月をかけて織り上げられた精神の恢復と再生のタペストリー。野間文芸賞受賞作。

感想

仙台に越して、約二年。佐伯一麦という作家に出会えて、本当に良かった。

読み終えて、まず感じるのが、頬を撫でる爽やかな風。今までも吹いていたのかもしれないその風を、意識することができるようになったのだと遅れて気づく。落としていた視線を上げれば風景が、新たな輝きを持って現れる。

ノルウェーの四季が、人が、食べ物が濃淡様々に変化して広がるこの作品。とにかく、光を媒体とした色の表現が巧みで、書かれているのは知らない街のはずなのに、なぜか街を歩く自分の姿が想像できる。
ただ写実的な訳ではない。
そこには、患う重度の鬱病という翳りがまずあって、それを癒やす人や芸術との交流がある。ノルウェー語を解さないトオルは、言葉を覚える以前の、無垢で無防備なコミュニケーションを取らざるを得ない。その剥き出しになった感受性が捉えた街が、どうして写実的と言えようか。

作中では「Eg og rugda liksom 」(僕とヤマシギ、のように)という、自分とヤマシギを同一視する一文が紹介されるけれど、この『ノルゲ』では「トオルとノルゲ、のように」と言えるくらい、その二つの間に境を設けるのが難しい。

トオルがノルゲを見て、ノルゲがトオルを見る。お互いの視線が交わることで、一つの長大な作品が生まれて、読者の心を揺さぶる。揺さぶられましたよ、勿論。

本当に最高の作品。今度文学館でトークイベントが開催されるそうなので、必ず行きます。あぁ、楽しかったな、良き一年。


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