アダルトチルドレン?と父①

めっちゃスキついてる、すごぉい…あと月の話、すいませんでした(笑)

前回の私の回で、自己肯定感-53万という話をした。そんな私も一定の自己肯定感は必要だと思いつつ、「自己肯定感をあげよう!」みたいな本には手を出せていない。そもそも低いんだから、あげようとしたってあがるわけないやろこんな人間。という思いである。自己肯定感を低いままに生きる方法、という内容の本を以前読んだが、すっかり忘れてしまった。冬休みにでも読み直そうと思う。

さて、自己肯定感の低い私は、緑青さんからの「思考力がある」ということばも受け止め方がわからない。自分から幸せになるのを拒否しているみたいで、またそこで自分が嫌になる。

アダルトチルドレンの話はとても興味深かった。私はその本を読んでいないのだが、聞いてみるとどれも少しずつ自分にあてはまっているような気もした。

ここから父の話をしようと思う。長くなるので、面倒臭い方はご離脱くださいませ…

私の父はたいそうな酒飲みではないが、そして家族に暴言は吐かなかったが、よくテレビを見ながらの口癖は「馬鹿じゃないの」だった(これでアスカではなく綾波派なのであるから、ちょっとおもしろい)。
ちなみに過去形で書いているのは現在同居していないからで、父自身は健在である。
緑青さんの回を読んで、私はほんのかじる程度であるが、②自分が面白いことを言って場を和まそうとする道化師タイプ、③自分が空気になったようにその場で起こっていることに全く関与しようとしない空気タイプ、この2つをかじっているなと感じた。
②父が何かを言えば、よく冗談を言って場を和ませようと必死に話すし(なので家庭内の会話量は私がおそらくダントツに多い)
③例えば嫌韓反中の話などになれば、衝突すること間違いなしなので聞こえないふりをしてその場を離れていた。
ちなみに母姉は全員③だったと思う。だから私はふざける役割を加速させていった。

それで行きついた道化の先が、「自分を貶めること」だったのかもしれない。私は人前で冗談を言ったり自分を貶めることで場のバランスをとろうとする人間になっていた。そうして、自分への肯定感を自ら削り落としながらここまで生きてきた気がする。そうやってバランスをとるさまを、従姉妹に「しあんちゃんっておもしろいよね」と言われ、うーーーーーんと思ったこともよく覚えている。

やばい、父の話を書いたら1500字超えそう。後半に続く!

(しあん)

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