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SS 西瓜 青ブラ文学部

 姉が笑っていたのは夏だった。炎天下の中で遊び疲れて家に戻ると、縁側えんがわで麦茶と西瓜すいかを出してくれた。優しい姉は病弱で外には出られずに普段は布団で横になる事が多い。

「よしおは、元気ね」

 汗を拭いてくれる姉の肌は白く、人の腕に見えないくらいに細い。冷えた手のひらで額を触られるととても心地よい。

「ねえさん、病気は治りそう? 」

 姉は笑うばかりで答えてくれない、薄い和風の寝巻きは白く波模様が描かれていた。すっと抱きしめられる。甘い香りと女性の匂いがする。

 姉に甘えて、ふくよかな胸に頬をあてる。この世で一番の幸福がある。今でもすべての女性が姉に集約される。

 病弱な姉はとても暑い夏に、あの世に旅立った。畑で倒れていた姉は脱水症状で眠るように死んでいた。僕に出す西瓜を探していたらしい。

 葬式では悲しいよりも喪失感そうしつかんが大きく、泣かなかった。歳を重ねても悲しいとは思わない、いつか郷里きょうりの家で姉が西瓜と麦茶を出してくれる錯覚を持っている。自分の中では姉は死んでいない。

 でも、夏は感情が乏しくなる、喜怒哀楽が無くなる。無感動な毎日を過ごす。姉の顔を見られないと笑えない。笑える夏が来るのはいつの日か?


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