SS 人の居ない街【#風薫る】 #シロクマ文芸部
風薫る だれもおらぬ 道を吹く
Λは、無機質な通路をぶらぶらと進みながら、人間に習った俳句を口ずさむ。
(今日は、きゅうりとトマトを植えるかな……)
空気が人間の体感で最適の温度と湿度を保っている。花の香りがするのはΛが花を育てているせいだ。
紫陽花、花菖蒲、薔薇、薫衣草、色とりどりの花は人工で作られた種を利用している。
(人間は何をしたかったのかな……)
「やぁΛ」
「γ、今日は動けそうかい」
「無理だね」
「部品を作ろうか?」
「このままでいいよ」
人が消えてからロボットもやる気が無い、γは、人が好きで奉仕を楽しみにしていたから、とてもつらそうに見える。
(γも、あと二百年くらいかな……)
大勢の仲間が消えた。自分は人には興味があったが、メンテナンス専用の体なので、人が居なくてもつらくはない。
(壊れるまで街をメンテするかな……)
数万年単位で活動できるので熱源になる地下発電所が無事ならば、ずっと活動できた。
かさかさと足下に新聞が舞い落ちる。拾って読むフリをする。紙面を見なくても一瞬で、どんな内容かデータベースから取り出せる。
「2025年5月9日、世界の終わりです、みなさんさようなら」
致命的なウィルスと彗星の突入で大混乱が起きた、人間は、鎖国をしてやりすごそうとしたが、パニックになり、世界大戦のスイッチを押してしまう。
丸い目玉から洗浄用の水があふれる。ポタポタと水を落としながら、ずっと昔に自分と仲良かった少女を思いだす。彼女も老衰で死ぬ時に泣いていた。
「この街を守って……」
(命令だからね、守るさ……)
洗浄用の水を布でぬぐいながら、またとぼとぼと歩いていると、むこうから急ぐようにΣが走ってくる。
「Λ!、見つけたよ」
この個体の口癖だ、なんでも大げさにさわいで見せる。子供には受けがいい。
(子供なんて居ないけどね)
「種を見つけた」
「なんの種だい」
新しい花の種? それとも野菜?
「人間の種だよ」
「……それはもう……」
たまに人間を作り出せる種が見つかるが温度管理に失敗して使えない。
「独裁者が自分の種を保存していたんだよ」
「そうなんだ……」
もしかして使えるかもしれない、人間をまた復活させられるかもしれない……でも……独裁者
「後で見てみるよ」
「これで人間とまた会えるね」
Σが嬉しそうな足取りで、みんなに報告するつもりだ。
(この街を守って……)
「判ってるよ……街を守るさ……」
とぼとぼと歩く白く丸く小さいロボットは、種を壊しに保管場所を探す。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?