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SS 最後のおつかい #ストーリーの種

「最後のおつかいだよ」
 手渡された握り飯を手に持って家を出た。十歳になると村の風習で子供を山に送り出して山の神様に挨拶あいさつをさせるのがならわしだ。山頂に登り藁葺わらぶき屋根の村を見下ろすと、霧が濃いのかよく見えない。ゴホゴホとせきが止まらない。体が弱いのか僕は両親からうとまれていた。

「最後かぁ……」

 山の神様に出会えない子供は殺される。そんな噂がある。年上の何人かが消えたことがあるが、誰も何も言わない。村人に殺されたのだろうか?

「神様いますか! 」
 声を出して探す、元からどうすれば出会えるか知らない。両親も教えてくれない。声を出すと苦しいが我慢する。両親は暗い顔をして送り出す以外は助けてくれない。しばらく歩くと腹が減るので握り飯を取り出すと人の気配がある、いや動物かもしれない。人に近寄るのは熊くらいだ。だが熊はにおいからすぐ判る。

ぬしの飯をくれろ」
 幼い女の子の声がする、怖いのでゆっくりと振り向くと山の子供とは違う小ぎれいな着物を身につけている。黒い髪の毛は美しくくしを通されていた。村の子供たちとは比べものにならないくらいに整えられた姿、神様だと直感した。

「差し上げますので、お名前を教えてください」
ぎょくじゃ、大層な名前は無い」

 ぎょくは、手渡された握り飯を食べながら僕を見ている。緊張しながら待っていると大きめの麦飯をすべて食べてしまった。

「村は滅ぶ、お前はわしと来い」
 それだけ言うとゆっくりと山道を下り始めた、獣道でもないのに玉(ぎょく)が通る場所は自然と草木が避けて道を作る。神様の力に驚きながらも、村のことが気になる。

「滅ぶとは、戦でしょうか? 災害でしょうか? 」
 野武士が村を襲うこともあるし、山崩れで家が潰れることもある。ぎょくは、手を振りながら違うと伝えた。

「自然の摂理せつりじゃ」
 しばらくすると山寺でしか見ない瓦屋根が見える、山のふもとに巨大な御殿ごてんが建てられていた。あまりの巨大さに驚きながら館の中で暮らすことになる、清潔な部屋と清潔な服を与えられ、屋敷の中で雑務をする。これほど巨大なら奉公人がもっと居るだろうと思うが誰も居ない。

「村はどうなったのだろうか? 」
 神様に会えたので、また村で暮らせると思っていた。見張りもいないので両親に自分の安否だけを伝えようと抜け出して村に戻る。山に登るまでが大変だったが、村の位置さえ判れば簡単だ。

「化け物! 」
「棒を持ってこい」

 村人の前に出ると追い立てられた、あわてて自分の家へ逃げ帰る。
「おっかあ、助けて」

 母は自分の顔を見ると悲鳴を上げて出て行く。自分の顔がどうにかなったのかと壺に溜めた水に顔を映すと、鬼が見ていた。自分は鬼に変わったらしい。

 山に戻りぎょくの屋敷に帰る。彼女は俺の顔を見ながらうなずく。
「最後の使いが終わったか」

 その村の子供は口減らしで山に送り出して、迷わせて飢え死にさせた。ぎょくは、山に捨てられる子供を拾って歩いていた。体の弱い僕は、山で死ぬ運命だったが、鬼にされることで長生きできる。

「お前はえきの鬼になったか……」

 えきの鬼は、人前に出れば相手を大病にする。僕は忌み嫌われる鬼となりぎょくに仕えた。彼女は運命だと慰めてくれる。村は病で滅びた。


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