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怪談:叫ぶ男
「怖い話を知りたいの?」
夕暮れで蝉がうるさい。ベンチに同級生と座りながら時間を潰す。俺は高校生になったばかりで初めての夏休みを満喫していた。一緒に居る彼女は俺といつも遊んでくれる。好きか嫌いで相手を選別する。そんな子だ。
「知子は興味ありそうだけど」
俺を見ている彼女はゆっくりと笑う。
「怖い話なんて無いわ」
彼女は怖い話は好きなのを知っている。外国の怪奇小説や動画の都市伝説を俺に教えてくれる。でもそれはフィクションでしかない。怖い事なんて、この世界では味わえない。彼女は俺にそんな嘘をつく。
「じゃあ 現実の怖い話なら知ってる?」
彼女は少し考えて
「そうね それは一杯あるわ」
彼女は世界中の悲惨な話をしてくれる。南米で子供がギャングに惨殺される映像を撮られた。少女が養父に性的なイタズラをされて自殺をした。男が小さなトランクに閉じ込められて砂漠に放置された。俺は聞きたくも無い話を延々と聞かされる。
「もういいよ……」
リアルな語り口は俺の神経を削る。俺は立ち上がろうとして立ちくらみをする。体がゆれると彼女の肩をつかんでしまう。
「痛い」
俺はそんなに強く触ったつもりは無かったが、それでもいきなりだから痛みを感じたと思う。
「ごめん ちょっと足がしびれて」
肩に触る手がじんじんと痺れる。女の子に触れる快感で俺は……。手を離すと彼女から離れる。
「ケガしているの だから痛かっただけ」
さみしげな顔をする彼女を俺は守りたくなる。彼女と結婚をしたい。そんな感情があふれ出す。俺を見ている彼女は理解している風に
「私はそんな資格は無いわ …… 」
俺たちはそこで別れた。
夏休みが終わるまで彼女とは会えなかった。LINEにも既読が無い。俺は心配で家に行こうかと思ったが、彼女の父親が怖かった。見るからにカタギでは無い人だから。
「悲しいお知らせです。 知子さんは事故でお亡くなりになりました」
予感は感じていた、そして最悪の結末で俺は麻痺をしていた。父親も亡くなったと聞いた。どんな事故かは知る事は無いままで学校を卒業する。
大学に行くと俺は勉強もせずに、だらだらと過ごす。ずっと夏休みみたいな感じで退屈で怠惰で胸くそが悪い生活をしていた。ひたすらパソコンにかじりついてゲームをしたり、深酒をして友人と悪ふざけをする毎日。
いつしか俺は動画サイトやもっとアングラなダークウェブを見るようになる。奇怪で陰湿で匿名性が高いページには、悪意や悪徳が蔓延している。彼女が教えてくれた世界のリアルを、そこで確認できた。でも俺はそれは、フェイクだと感じていた。画像はいくらでも加工できる。おぞましい映像は、作られたものだ、人を呼び寄せるだけのエサ。
そのページを見た時は俺は吐いてしまう。
知子が居た。縛られて傷つけられている。父親が彼女をもて遊ぶ。そのおぞましさに俺は興奮もしていたが、それ以上に何かを大事なものを、魂を、削られたような感覚を味わう。普通の人間に戻れない、そんな感覚。
流出した動画はどこかで売られていたのかもしれない。彼女は道具として利用されていた。悲しげな彼女は懐かしく思う。彼女を取り戻したい。狂気じみた考えで俺は調べ始めた。
「霊魂を呼び出す?」
怪しげなサイトや心霊が好きな人を探して聞いて回る。大体が神妙な顔をされて終わる。たまに金を出せば呼び出すと言う奴も居たが信じられない。書物を漁り、宗教を勉強してたどりついたのは、魂魄を呼び出す儀式だ。
特定の場所で血を流して願えば召還ができる。動物でも人でもいい。俺は自分を使う事に決めていた。俺が死ぬ事で彼女に会えるなら、それで本望だ。儀式に使う様々な道具を集めて俺は実行をする。
深夜の森の中で、霊石といわれる石舞台で俺は手首から血を流す。奇妙な石のくぼみに血が流れる、俺は願う、彼女が戻る事を、ひたすら願う。血は止まらずに俺はそこに倒れた。
「かなりの出血ですが 健康に問題は無いですよ」
看護婦が俺を見ている。自殺扱いなので実費だ。親が工面してくれたが手ひどく怒られた。病院のベッドの中で俺は、何かが途切れていた。あの狂気がもうない。まるで血を流すことで悪い考えが無くなったようにすっきりとしている。看護婦は若い俺を見ながら笑っていた。
「まだ若いんだから頑張って」
大学に復学をすると看護婦の彼女と付き合う。楽しい生活は瞬く間だ、卒業をして彼女と結婚をして家庭を持つ。俺は過去の事を忘れていた。子供を連れてあの公園のベンチに行くと、知子は待っていてくれた。成功をしていたのだ、高校の制服を着て立っている。
俺は恐怖から逃げる。そうだ一番恐ろしいのは自分の幸せだけを大事する俺だ。子供を見捨てて、ひたすら叫びながら俺はどこまでも走る。夕日が落ちる、高校生の時に戻りたい………
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