見出し画像

SS 機械になる日【クロスワードパズル&脳年齢&三重奏】

「脳年齢が落ちてますね」

医者は事実を語る。老化で生体の脳の機能が落ちる。切り替えの時期が来る。生体の脳が消える恐怖はある。記憶が受け継がれると言うが、『AがBである』という認識をデータとして記憶して機械に移植する。複写すれば自己が保てるのか?疑問だ。

「問題ありませんよ、自己認識のチェックで機械脳と生体脳は同一と証明されています」

医者は気軽に言う。もちろん構成が同一ならば本人だ。私は家に帰る。医者からもらった「生体脳除去同意書」の紙をテーブルの上に広げる。

「あなた、手術するの?」

妻はもう機械脳だ。生体脳を切り取り機械にデータをアップロードした。今は脳をバックアップしながら生活している。バックアップは大事だ。機械脳が物理破壊された場合は、戻せる。嫌な記憶も消す事も可能だ。

妻はクロスワードを解いている。前はボケ防止とかで毎日していたが、今では機械脳から外部アクセスで共有知識データベースが使えるので、通常の単語はすべて検索できる。だいたい脳が劣化しないから、ボケ防止する必要も無い。

「習慣なのか?」
クロスワードを指でつつく。
「ネットを閉鎖して自分の中にある単語で解きたいのよ」

縛りでプレイしているのか…贅沢な時間の使い方だ。俺は同意書にサインする。明日もって行こう。入院が決まる。

クラッシックの三重奏がバックグラウンドで静かに再生されている。落ち着いた雰囲気の病室に不安は無い。自己が消滅する恐怖もこの歳ではない。

手術の日に妻が見学に来た。手術用のベッドに寝ながら窓越しで手をあげる。妻も手をふる。医者が合図すると麻酔が始まる。私は眠る。

目が覚めると私がベッドに寝ている。幽体離脱だ。脳の錯覚の一種だ。私の頭蓋骨が丸いノコギリで削られて脳が取り出されていた。生体脳と交換するようにゼリー状の機械脳を入れ替える。脳圧を一定にするためゼリーを使う。頭蓋骨は閉じられて手術が終わる。生体脳は廃棄される。

私はゆっくりと機械脳に移動した。そうだ私は霊体だ。私は機械の脳に取り憑く。生体から機械に移動する。付喪神つくもがみと同じ。霊体が取り憑くから生物として存在できる。霊体が存在しなければ生物として成り立たない。土塊と同じだ。

魂の存在を実感した。

もし霊体に記憶があるならバックアップの意味はなさそうだ。それどころかネットの世界に移動できるのでは?と最近は考える。霊体としてネット世界を漂いたい。

終わり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?