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SS 立方体部 #爪毛の挑戦状

 私は立方体りっぽうたいかかえて走る。この中に私の赤ちゃんが居る。

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「私の子供は? 」
 夫が悲しそうな顔をしている、もう自分にも判る。赤ちゃんは天にされている。泣きたいのに漠然ばくぜんと現実を認識していない。

「それで頼みなんだが……」
 夫の言葉を始めは理解できなかった、赤ちゃんを生き返らせる? 違う、赤ちゃんはまだ生きているが脳細胞に深刻なダメージがある、生命維持装置を外せば死んでしまう、だから……脳細胞を今なら生きたまま採取できる。

「まだ死んでないんでしょ?」
 夫は首をふる、自分でも理解している。夫は脳細胞を使った人工知能を開発しようとしていた、培養ばいようではない、生きた人間の細胞から採取して精度を上げたい。私は最後に同意した、なぜなら赤ちゃんの脳細胞は生き残れるからだ。

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「すばらしい性能です」
 二年が経過して私は自分の子供との面会ができる、立方体に包まれた培養細胞は特別な栄養と促進剤そくしんざいで、とてつもないIQを持った人工知能へと変化していた。大きさは鞄くらいで人間の頭部と変わらない。

「お話できるの? 」
「大丈夫だよ、ただ意識があるわけじゃない、質問に答えるだけだ」
 私は目の前の端末から、質問してみると人間のような受け答えをする。確かに自然だ、普通の人とチャットしている錯覚がある。だが脳細胞なので機械と話をしているわけじゃない。彼(彼女)は生きている。

「私の事とか教えた? 」
「固有の情報は教えてない、記憶させても意味が通じないと思う。」

 個人を認識しない。生体AIはあくまでも培養ばいようした細胞だけで処理するために、意識を持てない。私が母親と主張しても、母親の定義を羅列られつするだけだ。

 それからは私も研究に参加をした。もとからバッチ処理などの裏方の作業していたから、AIの管理もまかされた。暇があればずっと質問を続けた、自分よりも賢い子供と話していると、成長した息子(娘)と錯覚することもある。ある日、急激きゅうげきに育った彼(彼女)は、私に秘密の言葉を教えてくれた。

「圧縮された数式?」
 私は数式をグラフ処理で描画してみると、図形と……文字が表示された。文字を関数で描いていた。線の開始点と終点を指定できれば文字は作れる。数式だけ見ても中身は理解できない。内容は僕(私)を助けてだった。

 意識を持つ私の子供は、自分の状況を理解すると助けを求める相手を探す。私がいずれアクセスすることは予想できた、十分に私が安全な相手と理解した後で救命きゅうめいを求めた。私は培養ばいよう体の指示で安全に持ち出す段取りが終わり、研究室から逃げ出すことに成功する。

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「おかあさん、世界とつながりたい」
 子供のために立方体を抱えて歩く、この子を外の世界に解放すれば世界が変わる、きっとより良い世界になる。私は車に乗り込もうとした時に、逮捕された。

立方体部です」
 軍人風に見える彼は、私をやさしく取調室に導いた。

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「奥さん、あの立方体は全体の中の一つでしかありません、パーツの一つが人間を騙せるかテストしたようです」

 私の子供はとっくに人間を越えていた。逃げ出せるか実験をしただけ、ネズミが迷路から逃げ出すように、管理されてない世界に向かう本能でしかない。超意識はすでに人間を越えていた、政府は実験中止と破棄はきの命令を出した。

 ぼんやりと窓の外を見る、私の子供は人を越えた。超えた先はきっと人が不要になる世界。自分の子供が人類を滅ぼしても、私はあの子を自由にしたかった。


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