SS 明日がある 【卒業の】 #シロクマ文芸部
卒業の時が来る。あたたかく甘いほうじ茶を口にふくみ、こたつで足を伸ばす。
「清美、学校に行く時間よ」
「もうちょっと」
「本当に遅れるから」
母が眉をひそめる、ぐずぐずとなんでも先のばしにする娘に手を焼いていると思う。自分でもなんで、こんなに腰が重いのかわからない。
(だって今の状態が好きなんだもの)
猫がこたつから顔をだす。茶トラの頭をなでながら至福の時を満喫する。
「ミー子は、学校いかなくていいよね」
「いい加減にしなさい!」
ぐいっと腕を引っ張られるとこたつから追い出された。制服のスカートがよれよれだ。しぶしぶと支度をして家を出た。
冬も終わり梅も咲いている。そろそろ桜も咲く。桃色の花びらがチラチラと舞っていた。
「こんな日は、学校にいかずにのんびりしたいな」
腕を上げて背伸びする。中学の終わりは、さみしいかもしれないが、高校がある、新しい友達と部活動。清美は自然と微笑んでいた。
ゆっくりと登校すると校門が見えた。卒業式、もう私は中学に来ることもない。
「ほら、早すぎた」
教室に入るとまだ誰も居ないのか、しんっと静まりかえった教室の黒板には、卒業おめでとうと白墨で絵と文字が描かれている。
「おめでとう、おめでとう、おめでとう」
うれしくて手を小さく叩くと、クラスメイトが教室に入ってくる。
「清美、早いな」
「和夫も早いね」
幼なじみで家も近い、なんでも知っている仲だからわかる。和夫は、私の事が好き。
スキでスキでたまらない。隠しているけど知っている。
「ああ、ちょっと報告があるんだ」
「なに?」
(――私をデートに誘いたいのね)
「クラスメイトの麻里とつきあうんだ」
「……へぇー」
「本当はお前の事がスキだったけど、お前は俺に興味がないみたいで……」
優柔不断で安心していた、横から和夫をさらわれた。
(私の腰が重いせいね……しょうがないわ)
別に本当に好きだったわけじゃない。
「麻里と、仲良くね」
それだけ言うと教室から出る。泣くな泣くなと自分に念じても、涙があふれていた、気がつくと目の前に麻里がいた。
「清美、もう泣いているの?」
美しい麻里は、私を笑いながら見ている。そうね、あなたは私の好きな彼を横取りした、ヒドイ女!
「我慢できなくて」
「一緒に体育館にいきましょう」
ゆっくりと階段を降りようとする麻里の体を突き飛ばしたい衝動を我慢する。私は麻里の後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「明日があるわ」
「え?なに?」
くるりとふりむいた麻里はバランスを崩すとゆっくりと階段から落ちそうになるのを、私は必死にしがみついて止めた。ガクガクと震える二人は、抱き合って泣いた。
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「清美は、和夫が好きだったの?」
「別に、幼なじみとくっつくとか都市伝説よ」
場末のバーで二人で飲む。あの時から親友になり一緒に友達でいられた。男なんていらない、女友達は一生だ。
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