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SS 初夏の桜【#手紙には】シロクマ文芸部参加作品(900文字位)

 手紙には、会いたいと書かれていた。

「おかあさん、これどうしよう」
「そうね、お棺にいれましょうか……」

 祖母の遺品を整理すると封筒に入った便箋びんせんを見つける。手書きの文字は、なれないと読めないが読み進めていると恋文なのは判る。

(書いた人は誰だろう……)

 私はその手紙を自分の机にしまった。とても思いが伝わったので何度でも読み返したくなる。

「こちらでも桜が咲いています。故郷の桜も咲いているでしょうか、君と一緒に見たあの景色が懐かしく感じます。戦争が終わったら、桜並木を一緒に歩きましょう。」

 手紙には戦地の事は一切触れられていない。ただ祖母と楽しく過ごしたいと願う内容だった。

(でもおじいちゃんは……)

 祖父は兵隊ではない。内地の銀行で働いていた。だから手紙の主は別人だと判る。封筒の中には、兵隊の写真が一枚だけ入っていた。平原を背景にしてメガネをかけた青年。

「戻ってこなかったのかな」

 祖母に恋い焦がれて内地に戻れなかった彼はどんな生き方をしたのか……

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 学校の帰り道に買い物のついでに桜の木を見たくなる。もう青々と葉がしげる並木道は、初夏の強い陽射しをやわらげてくれた。ふと呼ばれた。祖母の名前だ。

(だれかによばれた?)

 ふりかえると祖父と同じくらいのお年寄りが立っている。メガネの男性は、写真の兵隊と顔が似ていた。

「すいません、人違いでした」
「あの……」

 手紙の話をすると、彼がほほえむ。

「お願いがあります」
「はい……」

 桜並木をゆっくりと歩く、祖母と婚約したが内地に戻った時には、他の男性と結婚していた。彼はすぐに戻れなかった事を祖母に手紙で知らせて終わりにしょうと思ったが、祖母はそれからもずっと手紙でやりとりしてくれた。

「やさしい人でした」
「あの……祖母は……亡くなりました」
「そうですか……手紙が来なくなったので……ありがとう」

 彼は軽く手をふるとそのまま並木道をまっすぐ歩く、彼はいつのまにか幼い少年の姿に変わると、かわいらしい女の子と手をつなぐ。祖母なのだろうか……二人は並木道の終わりでふと見えなくなり消えてしまう。

 目の前に桃色の花びらがひとつだけゆっくりと舞いおりた。その桜の花びらが地面に吸い込まれるように消えると、初夏の暑さを感じる。

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