SS 井戸の鬼【#子どもの日】 #シロクマ文芸部
子どもの日が来た。村の大人達は数日前から準備をはじめている。僕は親戚の縁側で足をぶらぶらさせる。畳で横になる従姉は、だるそうだ。
「端午節って何?」
「鬼に憑かれない支度……」
親戚の家にGWにおとずれるのは初めてで父親は親戚たちといそがしそうだ。
従姉は十六歳で県内の高校に通っている。
「小さな子は、鬼になるからね……」
「……迷信だよね」
「前に端午節を、さぼった子がいた」
「それで」
「鬼になった」
「嘘だ」
「なったよ、だから井戸に落としたんだ」
「……冗談だよね」
「私の弟」
従姉は、すっと起き上がると台所の方に歩いて行く。井戸は庭の隅に見えた。
(あの井戸に弟が……)
縁側から降りて木のスリッパをはく。しげみに隠れてる井戸は竹のふたをかぶせてある。弟は、井戸の底で座っている? 嘘としか思えない。
井戸のふたに手をかける。
「おい、そこから離れろ!」
「あ!ごめん」
父親だ、あわてて縁側に戻ると泣いているような怒っているような顔をしている。
「危ないだろ、落ちたらどうする」
「……鬼の子がいるの?」
「鬼? なんだそれは?」
父親は僕の頭をなでて、端午の節句が始まる。笹の葉にまかれた、ちまきを食べて菖蒲湯に入る、艾を、玄関に飾って厄をはらう。
「おまえは端午節にあまり参加してないからな」
「田舎はみんなしているの?」
「……ああ、無事育つようにな」
「参加しないと鬼になるの?」
「――迷信だよ」
熱心に行事に参加する父親は迷信と思ってない。GWが終わり街に戻る時に、従姉が笹人形をくれた。
「お守り、井戸には近づかないで、うちの家系は……」
真新しい笹の葉で作った、折り紙のようなやっこさんだ。それからは、何事もない。笹人形はいつのまにか無くしていた。
「変な怪談だな」
「不思議な話ね」
「なんとなく思いだした」
大学の飲み会で、急に思いだした。だから酒屋を出て公園で吐いている時に、井戸が眼に入ると寒気がする。
(なんでこんなところに井戸が……)
雨量測定用の観測井戸かもしれない、古いコンクリの井戸は固い鉄のふたでしまっている。凝視していると、今にもギギギッと開きそうだ。
(妄想だ、井戸の底に鬼なんて……)
フラフラと公園の外にでると、足が前に進まない。ぞっとして足首をみると側溝から手が出ている。ずるりと引き込まれて、真っ暗闇に包まれた。
(夢だ、夢さ、夢だよな)
固い石組みの井戸の底は、淡い光が天井から入ってくる。肩をつかまれると鬼の子が後ろに居た。
「こわくないよ……」
自分の手を見ると、赤くただれたような皮膚に鋭い爪が生えていた。従姉の声が聞こえる。
「うちの家系は……」
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