SS 帰還 【青写真】 #シロクマ文芸部
青写真が、机に置かれている。
「間取り図ですか」
「かなり古いね」
図面に描かれた線は、輪郭もわからないくらいに古くかすれている。半世紀前の図面から、奇妙な隠し部屋があるとわかる。
「きっとおじいさんの遺産があるんですよ」
「隠し部屋か、ロマンだね」
親戚は興奮で騒いでいるが、弁護士の私は懐疑的だ。
(わざわざ隠す理由がない……)
遺産があるなら私に真っ先に知らされている筈だ。資産家の故人の男性は、何かの特許で財をなした。あり余るほど金はある。
「さっそく、扉を見つけて開けましょう」
業者はすでに待機済みで、私は遺産があった場合の確認役だ。
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「この壁の向こうです」
小型の丸い電動ノコギリで壁に穴を開ける。業者がLEDの懐中電灯で中に入ると、扉があると大声で叫んだ。
「扉! その奥は金庫かしら」
「ここまで厳重なら、金塊や宝石かもしれない」
金ならば昔の十倍以上の値段で取引される。遺族は興奮で騒ぎ始めた。しばらくすると音も声もしない、遺族が穴に頭を入れて叫んでも業者の反応がない。
「もう我慢できない、私たちもいくわよ」
遺族が次々と入るが、戻ってこない。
(事故かな……仕方が無い……)
危険があったらすぐ引き返すと決意して、私も中に入る。穴の奥は静まりかえっているが、明るい。LED懐中電灯だろうか。
電動ノコギリで開けた穴から入り、木製の古びた扉を見つける。扉は開いたままだ、床に懐中電灯が落ちている。誰もいない。中は古い電子器具で埋めつくされていた。
懐中電灯を拾い上げると、入った扉から見えなかった壁に、また扉がある。薄く開いてる。誘われるように扉の中に入ると、暗い壁が両側に続いている。先が見えない。ためしに五メートル進んだが、先が真っ暗だ。
(異様だ……)
――振り返ると……、同じ光景だ。いや壁がもう無い。暗闇の空間が無限に続いている……、あせりながら歩き回ると光が見えた。遠くの壁に穴があるのか、光っている。安堵感で用心しながら穴を目指した。
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「それで弁護士と家族全員が消えたんですか?」
「遺産を探していたんです……」
若い娘が警察に説明していると、壁の小さな小さな穴から虫が出てくる。よく見ると同じような虫が、何匹も地面をはっている。
警官は無線で応援を呼びながら、部屋を見回した。
「しかし変な家ですね」
「祖父は発明家だったんです、質量のないディラック電子から四次元相転移する理論で物体を……」
虫はもう虫でしかないのか、ただ歩き回るだけ。
※理化学研究所(理研)で「質量のないディラック電子」系が発見されました。
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