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SS 反転した価値【若葉マーク&雲の上&人生逆転】 三題噺チャレンジ

運転を始めたばかりの女性が貧乏な男性と接触事故を起こして愛が芽生える。よくある妄想だ、無職の人間がとてつもない幸運を手に入れるエピソードはパターンの一つだ。現実に自分の身に起きると夢と区別がつかない。

「大丈夫ですか?」春先の天気が良い日に、若葉マークの車が俺に接触する。後ろから重量のある物がぶつかる、腰付近に猛烈な痛みが走ると倒れこむ。彼女はストレートの長い黒髪の美人だ。俺を助けに走ってくる。

彼女は早苗さなえと名乗ると、自動車で病院まで運んでくれた。「ひびが入ってますね」医者から言われて腰の鈍痛は骨折と判ると入院をする。ただ軽傷なので何日も入院は出来ない。「本当に申し訳ないです」早苗さんは出来るだけの事をすると言うと、無職の俺を家に住まわせてくれた。

「働けるまで面倒みます」健気に介抱をする早苗さんと俺はお約束のように愛し合う。彼女は最近の言い方だと上流国民だ。親戚一同が政治家や弁護士や官僚の家庭。俺からすれば雲の上の人達だ。彼らは俺を蔑視するのは当然なのだ。

「手切れ金だ」早苗さんの父親は俺に分厚い封筒を渡す。俺はその家を出た。最初から釣り合わない。判っているし彼女も同じ奴らと結婚すれば幸せになる。身を引く自分はヒーロー気取りで逆に気分は晴れていた。解放感の方が大きい。

安アパートのドアが叩かれる。ドアの外には早苗さんが居た。手荷物を持っている。「家出をしました」嬉しそうに笑う彼女を見ながら、困惑する自分がいる。

貰った手切れ金を使いながら生活をする。幸せなんだろうと思うが実感がない。この違和感が不思議だ。早苗を迎えに父親や母親が来て説得するが、彼女はかたくなに俺と一緒に居たいと訴えた。最後は両親が根負けをして、俺を縁故で就職させると閑職のポストをあてがう。

一軒家を買ってもらい良い給料で、ストレスも無い生活を続ける。無職の時代からすれば人生逆転だ。何の不自由も無い。「でもなんか違う感じがする」常に頭の片隅で違うぞと誰かがささやく。なぜ俺を早苗はこんなに愛するのだろう?

俺は醜いのだ。人の容姿として若干はずれてるくらいに醜い。無職だったのも仕事場で女性達が俺を敬遠していた、一緒に働くのが怖いらしい。長くは働けなかった。でも早苗は俺を愛している。

長く暮らすと俺は理解した。彼女は美醜の価値観が逆転していた。醜いが美しい。美しいが醜い。早苗からすれば自分の顔がコンプレックスだし、親族も恐ろしい顔をしていると認知している。そこに俺が颯爽と登場した。彼女はわざと事故を起こしたのだ。

今の生活は幸せだ、でも違和感は死ぬまで変わらないと思う。

終わり


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