育てるということ

最近、人材系の仕事が多かったからか、はたまたコロナで子供と接する時間が多かったからか、人を育てるということを色々考えます。せっかくなので、考えたことを記録として残しておきたいと思います。

一流はその業界の未来を考える

私が昔、上司から言われた言葉で印象に残っているものがあります。

「東証一部のCEOくらいになると、自社の業績は当然として、その業界の将来を考えている」

これは本当にその通りで、それはトヨタなんかを見ていればわかります。もともと織機の会社が自動車を始め、その自動車会社が環境問題への要請が強まればハイブリッドカーを通して電池の研究をし、現在はスマートカーやスマートシティの開発に奔走しているのです。トヨタはひとことで言えば、いつも未来を見ている会社です。

トヨタほどじゃなくとも、たとえば少年ジャンプで有名な集英社。集英社はジャンプの黄金時代だった頃「子どもたちが面白いと思うものが全部ないといけない」ということで、ジャンプ誌上でスーファミなどのゲームを取り扱うようになりました。

また、アニメの主題歌もアニソン声優ではなく当時人気を博していたミュージシャンを積極的に取り込んだのです。それが「るろうに剣心」と関係なさそうな「そばかす」であり、SLAM DUNKの「君が好きだと叫びたい」なのです。また、さまざまなアニメにおいて作画や演出など先進的な挑戦をいろいろと続けてきています。その蓄積が「鬼滅の刃」の大ヒットにつながったのだと分析しています。

また、芸能界を見てみると、吉本興業とジャニーズは本当にすごいです。今は問題も多くゴタゴタしていますが、本当に事業を育てることを熱心に続けてきたと言えるでしょう。

吉本は芸人たちの活躍のフィールドを広げるため、さまざまな活動を行いました。自分たちの劇場を作るだけでなく、一時代を作った音楽番組「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」で、音楽番組のメインMCにダウンタウンを送り込むことに成功。以後、芸人たちはバラエティー番組だけでなくワイドショーやニュースなどに幅を広げ、今や彼ら抜きの番組作りは考えられません。その後、映画作成や病院などへの慰問公演など、文化的・社会的な活動の幅を広げています。

ジャニーズは「女性にとってのアイドル」から「国民的アイドル」の育成を積極的に進めてきました。現役アイドルたちを歌番組はもちろん、バラエティやスポーツなど、お茶の間に積極的に売り出します。さらに、次世代に対してアプローチを欠かさずに続けました。たとえば、いち早く女子小学生向けに「姫ちゃんのリボン」や「赤ずきんチャチャ」の主題歌に参入したし、子どもたちにおなじみの「忍たま乱太郎」の「勇気100%」などにも手をつけました。結果、それを見て育った世代にとってはジャニーズは「女性にとってのアイドル」ではなく、男女関わらず愛される国民的アイドルになっているのです。

長い年月をかけて活躍の場を開拓し、その場で活躍できるだけの人材を育ててきた各社の育成手腕は本当に素晴らしいものと思います。

余裕がなければ人は育たない

それに加えて、昨今は人を育てる環境があまりありません。教材やツールは充実しているのです。しかし、育てる気がありません。育てる余裕がありません。

なぜなら、長期的には「育てる」前に「養う」必要があるからです。「教育」はできるが「養育」はできないといったところでしょうか。

会社を見ても、会社の利益にならない社員はすぐに切り捨てなければなりません。育つまで食わせてやる、待ってやるなんてことはありません。投資家だって投資先がじっくり育つまで待たない、待てないことが多いのです。

業界トップみたいな企業でも養育が十分にできているわけではありません。ましてや中小や個人事業なんてもっての他です。養育をするようなアットホームな企業が競走で負けて減っているのも事実です。私もライター稼業をしていますが、じっくり育ててあげようというスタンスのクライアントに出会ったことはありません。

大学のアメフト部などでは、OBOGの支援組織が新入生や後輩に大量の食材を寄贈して食べさせて体作りをサポートしたりします。後輩が何か見返りをもたらすとは限りませんが、これも養育なのかなと思います。別に養育者が育つまで全額負担する必要はありません。リターンを考えない、寄付的なものがもっとあっていいんじゃないかということです。

養育が不足した結果、今の日本は余裕なく人材を消費する社会になってしまっています。十分な養育と教育を受けられていないため、国際的な競争力も低下してしまいました。一部の十分な養育と教育のもとで成長した能力者たちによって何とか維持されているのが日本の現状なんじゃないかと思います。

できるところから養育を

別に政治的な主張や世の中を変えるようなムーブメントを起こしたいわけではありません。

ただ、人が人として幸せに生きるためには、ある程度の能力が必要不可欠です。そのために、できるところから養育を行っていければと思っています。対象が自分の手の届く範囲、たとえば自分の子供や、同僚などです。子ども食堂とかも素敵です(責任をもってやっているなら)。

「俺の背中を見て育て」とたとえお父さんが言っても、背中を見てもパンは食べられません。お父さんが背中を向けているとき、きっとお母さんがご飯を作ったり身の回りの世話をしているはずです。今の時代、そうやって保たれていた家庭のバランスも崩れてるんじゃないかと心配です。

自分の手に抱えられるものはあまりにも小さいですが、責任をもって養育した世代によって、もっと大きな養育が行われることを信じたいです。

3人の我が子たちを見ながら、健やかに成長してほしいと願うのでした。

あなたたちの成長は父が責任を負うので、のびのび育ってください。


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