元言語学専攻が合唱を続けて感じた、日本語話者が外国語の合唱曲を歌う時の発音について

 この記事は、ゆる言語学ラジオの非公式アドベントカレンダーの19日目として書かれたものです。18日目はポトフさんの『アラフィフの主婦が言語学のコミュニティに入ったら数学を勉強することになった話』でした。

はじめに

この記事の目的

 酔った勢いで登録してしまったので、さて何を書こうと思ったときに、言語学を専攻していて合唱を続けているという経験から、自分がこれまでに培った知識やノウハウなどを放出してみようと思ったのです。言語学っぽいだけでゆる言語学関係ないですね。水野さんは発音関連にはまだ弱そうだし、二人とも音楽には弱そうなので、その穴を埋めるということでここは一つなんとかお願いします。後生ですから。

 内容としては、音声学や音韻論の知見を合唱に活かしてみよう、ということが中心となります。特に、日本語の母語話者が日本語ではない曲を歌う際に役立てる情報になるよう意識しています。ただし、「こう歌わねばならない」「こう発音するのが正しい発音だ」という規範的なことを言いたいのではなく、あくまで言葉を発する時に起こっていることを客観視して、問題を解決するための技術的なヒントが与えら得るようなものを意識しています。合唱で表現したいことは団や個人個人の好みや主義、曲の内容などによって変わるので、表現したいものに合わせて、技術を選択していただきたいです。また、そんな内容なので、合唱をしていなくとも、外国語学習での発音の改善のヒントになる情報があるかもしれません。

 ここでは「日本語ではない曲」を指して「外国語曲」ということにします。ただ、その中にはアイヌ語や琉球諸語など、日本国内で話されているけれど日本語ではない言語を含めている想定です。そのため「外国語」という言い方は不正確なのですが、主に合唱のレパートリーとして歌われるのがラテン語やドイツ語、イタリア語など日本国外で主に話されている言語であること、「外国語」という言い回しが一般に定着していること、「日本語ではない曲」だとすこしくどい言い回しになってしまうことなどを考えて、こっちを使うことにします。もっと正確でニュートラルな言い回しを人口に膾炙させたいですね。

 もう既に予感がしてるかもしれないですが、まとめるのが苦手なのですごい文字数になっちゃいました。具体的には2万字弱あります。専門用語も使いすぎないようにしましたが、そうなると文字数もかさみますし、情報量で殴り倒す感じです。てへぺろ☆

特に言いたいこと

 さて、我ながら長くなりそうなので、はじめに外国語の合唱曲を歌う時にもっとも重要だと思うことを言っておきたいと思います。

ずばり、 「外国語曲の発音を良くしたいなら、日本語の発音を知るべき」です。

 一見矛盾したことを最初にぶち上げるのは本家ゆる言語学ラジオのお家芸ですね、多分。真似してみました。

 どういうことかというと、外国語曲を歌う際、どうしても母語である日本語の「訛り」が出てしまうということです。日本語の発音の特徴と外国語の発音の特徴を知り、それらを引き算して差分を知ることで、改善点を知ることができるのです。

 多くの場合、「外国語の発音の特徴」は歌い手で調べてみたり指揮者が指導したりして、意識的に学ぶところだと思います。しかし、「日本語の発音の特徴」に関してはあまり意識的に学ぶことはないかと思います。そんなこと知ろうとしなくても既に知っていて話すことができていますから。しかし、既に知っているにもかかわらず、それらの知識は無意識的なもので、自分に何が起きているのか自分で説明できなかったりします。誰に教わったわけでもないのに、同じだと思っていたのに自然と違うことをしていたり、それらがエレガントで規則的だったりするのです(これはすごく不思議なことなのですが、その不思議を知りたければ是非言語学の門を敲いて見てください!)。そのため、日本語についてわざわざ知ることで、もう鬼に金棒なわけです。


自己紹介

 その前にまずは自己紹介をしたいと思います。はじめましての方ははじめまして、「をりまこ」と言います。不思議な名前ですね。

 こんな記事を書くくらいなので、大学では言語学を専攻していました。その後は大学院に行って言語学で修士号まで取ってしまいました。また、合唱も高校1年生で合唱部に入ってから、大学合唱団や一般合唱団にも所属して歌い続けています。今は合唱団に3つほど掛け持ちしています。
 今年而立みそじになってしまったので、合唱歴が人生の半分になってしまいました。ここからの人生は合唱を始めてからの方が長くなります。そう考えると悪くないですね。

 言語学に関して、卒論と修論は統語論や意味論辺りで書いたので、ここで扱うような音声学や音韻論については実は学部の授業を取った程度の知識しかなかったりはします。なので、確認しながら書いたり、実践の中で納得しているものを書いたつもりですが、間違いが含まれている可能性もあります。予防線です。清々しいですね。

 知識は学部程度ですが、普段の合唱の練習でその知識を活かして自分の技術にしているつもりではあるので、それなりに役立つノウハウは持っていると思います。ああ、大きいことを言い過ぎたかも。なんかすみません。そんな感じの人です。メタモンメタモン。


音声と音素

 さて、はじめに押さえておきたい概念があります。それが「音素」です。
ゆる言語学ラジオでも出てきていますが、「音素」というのは簡単にいうと「頭の中にある音のカテゴリ」みたいなものです。現実には色々な言語音があって、同じ「あ」と発音しているつもりでも、音波を測定するとその時々で全然違う音波だったりします。しかし、人間はそれらの違う音を「同じ音」として認識しています。この認識している「同じ音」を「音素」といったりします。

 同じ音素でも実際は違う発音というのはよくあることで、例えば日本語話者は「は」と「ひ」は同じ子音だと感じてしまいますが、実際は全然違う所で発音しています(「は」は声帯の辺り、「ひ」は舌の真ん中辺りに息を当てた音になっているかと思います)。こういったグループ分けは言語によって異なっており、ある言語の話者にとっては同じ音でも、別の言語の話者にとっては全然違う音、ということが往々にしてあります。英語のLとRの聞き分けを日本語話者が苦手とするのも、こうした音素の区切り方が英語と日本語で違うことに由来していると言っていいかと思います。

 そのため、ここから先も、「日本語話者としては同じに聞こえるけど、実際は違う音だった」みたいな罠がたくさん出てきます。それらを一個一個解きほぐすことが、外国語の発音を考える上で大事になるかなと思っています。


音節とモーラ

 次に押さえたい概念としては、「音節」と「モーラ」があります。どちらも、言語音のまとまりの単位で、ざっっっくりいうと一つの音のまとまりだな、と直観的に分けられる単位になります。ただ、そういう直観的な単位であるがゆえに、言語学的な定義が非常に難しいと言われていますので、定義を聞かれると困ってしまいます。

モーラ

 一旦詳しい説明をせずに進んでしまうと、日本語はこの2つのうち「モーラ」を主に単位として採用しているところがあります。分かりやすく言うなら、俳句や短歌を作るときに数える「」がこれに当たります。「古池や蛙飛びこむ水の音」は17モーラです。
 先のために押さえておくべき点としては、「ん」「っ」も1モーラとして数えられる点です。ポイントとしては、「ん」も「っ」も普通子音で発音されるにも関わらず1つの単位として成り立つ点で、これは後述する音節ではあまりありません(無いわけではないですが)。
 例えば、「サラダ記念日」は「ん」が含まれています。「ん」も含めて7拍、つまり7モーラですね。しかしこれが音節では「ねん」で1音節となるので、6音節になります。何故そうなるかはすぐ下で説明します。

音節

 一方、音節はというと、こちらは英語などの言語で採用されている単位です(実際は日本語でも音節が単位の現象があったり、薩摩弁は音節言語だと言われたりというのもあった気がしますが、曖昧で〜す)。モーラを採用している言語よりも音節を採用している言語の方が多いんじゃないかと思いますが、よく知りません。
 音節の定義は難しいものの、構造を記述することはできたりします。つまり、ざっくり言うと音節は「子音+母音+子音」の塊として記述されているのです。最初の子音を「頭子音(onset)」、最後の子音を「末尾子音(coda)」と言い、真ん中の母音を「音節核(nucleus)」と言ったりします。音楽の文脈だとcodaという英語があまりにも紛らわしいので、日本語で言っちゃうのをおすすめします。
 ただし、このうち子音の2つは無いこともありますし、言語によっては音節核が子音であることもあります(英語とか…)。
 上で「ねん」を1音節として数えたのは、nem(直後がbiなので「ん」はmの発音です)が「子音+母音+子音」の塊になっているからだと思っていただければ良いかと思います。

音節/モーラと音符

 音節とモーラの違いを押さえておくのが大事なのは、楽譜上ではこの音の単位ごとに音符が付されているからです。つまり、音節を単位として採用している言語は音節ごとに1つの音符、モーラを単位として採用している日本語はモーラごとに1つの音符が与えられることが多いのです。
 どこで違いが出るかというと、特に日本語では「ん」や「っ」といった単独の子音に対して音符が与えられているのです(「っ」はただの無音であることもあるので、その場合の解釈は時と場合によります)。この違いで何が起こるかというと、「ん」「っ」っぽい子音で終わる音節で、末尾子音の長さが長くなりがちになってしまうということです。
 例えば、in terra paxのinは、日本語っぽく「いん」で考えてしまうと、iとnの長さが同じな感じになってしまい、例えば4分音符にinが付されている場合に、nだけで8分音符分の長さを持っているように発音しがちだと思うのです。これが良いかどうかは演奏したい音楽次第ではありますが、一般的に母音より子音の方が音量は小さくなりがちなので、その点は考慮したほうが良いかもしれません。
 同様にin terra paxの例で言うと、paxの部分が何となくカタカナだと「パックス」になりがちなために、/k/の部分が長くなってしまわないかにも注意が必要でしょう。日本語は「っ」の有無、すなわち子音の長さによって意味が変わることがあるので、日本語話者の頭の中に「っ」が現れると、その直前の母音を短くして、その直後の子音を長くしてしまいがちだと思うのです。言語によっては子音の長さに区别が無いものもあるので、そういった言語の場合、子音を長くするとなんとなく詰まった感じの印象になるかもしれません。また、そういう言語でも、綴り上は子音字を複数重ねることがありますが、惑わされないよう気をつけてください。英語とかいってあいつめっちゃ惑わしてくるんで。ドイツ語とかいうやつも同じ穴の狢っすよ。
 とはいえ子音にどれぐらいの長さをかけるかはその時々で好きにすればいいと思いますが、レガートがうまくいかないなど思わぬところで子音が長くなってしまう場合は、一旦頭の中に「っ」がいないか疑い、場合によっては「っ」が無いと意識するだけで変わるかもしれません。paxだと「パックス」ではなく「パクス」と意識するというようなハックです。逆に強調したい時は「っ」を増やしてみたり、「っ」が0.7個分、みたいな意識にしてみたり。日本語は子音の長さを区別するので、その意識を逆手に取って調節してみてください。
 ところで注意が必要なのは、合唱でよく歌う言語だと、イタリア語も子音の長さの区别をすることです。言語によって区別するか否かは違うので、調べておくと良いかもしれません。

 さて、モーラの話からずれたので戻します。ここまで日本語はモーラ単位だよと言ってきましたが、日本語の合唱曲でも音節を単位に音符が与えられることもあったりはします。特に現代のものほどそういう傾向にあるとは思います。30年以上前の曲になりますが、例えば三善晃の『願い─少女のプラカード』でも冒頭で女声の付点4分音符に「でーす」と音が振られていますが、これは母音が無声化してほぼsの発音になった「です」を[des]という1音節として捉えて音を当てたものと言っていいでしょう。

 また、合唱曲に限らず、official髭男dismなど、J-POPでも日本語を音節的に解釈して作曲しているアーティストは近年増えていると思います。Mr.Childrenも、桜井和寿さんのあの特徴的なメロディの入れ方は、敢えて日本語を音節的に再解釈したことで、英語のロックのようなノリを日本語において実現したものと言えると思います。先駆的ですね。


母音

 ここからは母音について考えたいと思います。普段は子音の方が母音より注目されがちですが、それでも子音より先に母音を取り上げたのは、子音より母音の方が大事だし練習すべきだと思うからです。なぜかというと、単純に歌において子音を発音している時間より母音を発音している時間のほうが遥かに長いからです。また、上で述べたように、多くの場合での音節の核であり省略できない要素は母音ですし、母音は通常音程をつけることができる一方で、子音は音程をつけられないものもあります。母音を練習するのが一番効率が良いとさえ言えるのではないかと思います。

母音一般の話

 さて、はじめに一般的な話から始めますが、そんな母音はどんな要素からなっているのでしょうか。これも大胆にざっくりと3つのパラメータを押さえておきたいと思います。それは、「舌の高さ」「舌の前後性」「唇の丸め」です。母音は基本的にはこの3つの要素を組み合わせて音を変えていると考えてしまって良いかと思います(本当は他にも絡んでくる要素はあります)。
 この内、舌に関する2つは、発音する時の舌の形として、一番高い位置にあるのがどこなのか、ということを表しています。より上顎に近ければ高く、より唇や歯の方(要は口の外側)に近ければ前です。例えば、日本語の「い」は舌が高く、かつ前にあり、「あ」は舌が低く、あまり前にはありません(かと言ってあまり後ろにもありません)。合唱においては、この「高さ」についてはどれぐらい下顎を開けるかという風に考えても良いかもしれません。下顎を下げればその分一緒に舌も低くなる(下がる)ので。
 唇の丸めについては、「お」のように、唇を丸めて突き出すか否かのことを言っています。「い」「え」「あ」は唇は丸めませんね。
 ところで、合唱の世界では母音に関して「口を縦に開けて」と言われることも多いですが、口を開ける方向が縦か横かはあまり母音の発音の記述では考慮されないと思います。おそらく、口を開ける時にしっかり下顎を開いてほしいということを意図したレトリックなんじゃないかと私は思っています。ただ、これを言われて唇を丸めてしまうこともあって、「い」を発音するのにドイツ語のüのような発音になっちゃうこともありがちな気がするので、個人的にはこれを言われたときに具体的に果たして何を指しているのか気にする必要があるのかなあと思っていたりします。「日本語は横に開くけど〇〇語は縦に開くから云々」と言われることもありますが、私にはあれが何言ってるのかよく分からないし根拠不明な気もしてます。誰か教えてください。

母音の数

 さて、日本語の母音の特徴についてですが、まず母音の数は5つあります(ただし方言によります)。これは特段特徴的とも言えない普通の数です。合唱で歌う言語では、ドイツ語や英語などよりは少ないですが(というか英語とかドイツ語とかフランス語が母音多すぎ)、ラテン語やスペイン語も5母音です。
 母音の数が違うと何が起こるかというと、母音の数が日本語より多い言語を歌う時に、「日本語では同じ母音に聞こえるけど、その言語では違う母音」に苦労しがちということですね。しかも母音を作る要素のうち、舌に関してはどれぐらい高いか/前後かということなので、理論上無限通りあります。母音は難しいんです。
 でも、困ったときも、母音の3要素を意識すると改善することも多いかと思います。その言語の母語話者の歌や発話は多くの場合YouTubeで出てきますし(ラテン語は母語話者いないけど…)、それを聞きながら、舌の位置や唇の形をイメージするだけでも、見えてくるものが色々あると思います。また、他の団員と母音を合わせたい時も、他の人がどういう舌の位置で、どういう唇の形で発音しているのかを真似するイメージでやると、結構合うような気がしています。
 例えば、ドイツ語のüは、「ゆ」と思ってしまうとドツボですが、舌が高めで前め、唇は丸める、とドライに考えてしまえば割と近いところに行けるかと思います。もっというと、唇以外は日本語の「い」と共通しているとも考えられるので、「い」の舌の状態のまま唇だけ丸めて突き出すと考えるのも良いかもしれません。日本語との差分を計算するうえで、日本語にある発音の内で一番差分が少ない発音から少しだけ変化させるというのもハックの一つだと思います。
 思った位置に舌を持っていったり唇の形を変えるのは技術の話なので、練習していけば慣れてきて思った通りの形に持っていきやすくなるかと思いますし、それができれば耳も鍛えられるかと思います。実際の表現はその先にあるので枝葉末節っぽいですが、身に付けておいて損は無いかと思います。

 さて、他の日本語の母音の特徴としては「」の発音が挙げられるかと思います。日本語の「う」は、舌の位置は真ん中寄りのやや後ろで高く、唇はやや丸めるけど突き出すほどでもないような発音です。合唱でよく歌うような言語では同じような母音は無いと言って良いかと思います。よくある似た発音のuは、舌の位置がかなり後ろで唇はしっかり丸めて突き出すような発音だったりします。
 これによって起こるのが、おそらく合唱をやっている人なら経験があるであろう、「uが"浅くなる"問題」です。母音が「浅い」「深い」というのもやや主観的な表現だと思うので私自身は好まないのですが、おそらく言いたいのは、日本語の「う」に影響されて、舌が前寄りになってしまい、更に唇の丸めも弱い、日本語の「う」っぽい発音になってしまうことだと思います。これの解決法はその逆をすれば良いので、日本語の「う」より舌は後ろめ、唇はより丸めて突き出すことで、かなり近い発音になるかと思います。もちろん歌いたい言語によりますが、合唱でこれが問題になる時の母音は大抵舌は後ろで高く、唇はしっかり丸めて突き出す発音かと思います。
 この「"深い”u」を指して「オっぽいウで」「オの口でウで」と指導することもあるかと思いますが、「お」を使って指導しているのは、「お」のうち「舌の前後性」と「唇の丸め」の話をしたいからだと思います。日本語で唇がしっかり丸くなる母音は「お」だけなので。ただし、舌を「お」くらい低くするとただの「お」になります。それで良いなら良いですが、良くないなら注意です。
(個人的にはこの「オっぽいウ」「オの口でウ」という言い方によって色んな人の発音がただの「お」になってる現場を見てしまっているので、この言い方あんまり好きじゃないです。「『オっぽいウ』という指導撲滅委員会委員」を個人的に勝手に自称しています。「〜の口で」と言う時も、口の中にあるたくさんの発声器官の内のどれの話!!??と言いたい気持ちを必死に抑えてます。多分言いたいのは唇の丸めの話だと思うんですが、正確に言ってほしい、伝わってないから…!!!)

鼻母音

 ちなみに、ここまで3つのパラメータを上げてきましたが、フランス語やポルトガル語などには、「鼻母音」というものも存在します。通常母音を発音する際は、のどちんこの奥辺りで鼻に空気が行かないように塞いでいるのですが、鼻母音ではそこを開けて鼻に空気が行くようにしています。これによって鼻腔内部も共鳴させて、あの独特の鼻声のような音を出すわけです(ところで、「鼻声」ってこういう鼻に空気が行って鼻腔に共鳴している声のことも指しますが、風邪で鼻詰まりを起こしているような、鼻に空気が行かず、全く鼻腔で共鳴しない声のことも指しますよね。不思議な単語です)。
 フランス語やポルトガル語などでは、鼻母音が音素として存在しています。日本語では鼻母音になろうがならまいが、「なんか印象的な発声の人だなあ」としか思わないですが、それらの言語の話者は鼻母音か否かを聞き分けているわけです。日本の合唱の世界だとしばしば鼻腔共鳴だ!と鼻に息を回す発声をする人がいますが(その良し悪しはここでは敢えて言及しません)、フランス語の合唱曲などを行う際は注意した方が良いかもしれません。
 ちなみに、日本語には音素としては鼻母音は存在しませんが、「原因」「延々」の1つめの「ん」など、母音に挟まれた「ん」は鼻母音っぽい発音になっていることはあると思います。鼻母音の発音わからーーん!ってなっている場合は、この辺りから確かめてみて練習すると良いかもしれません。


子音

有声軟口蓋破裂音 有声軟口蓋破裂音 歯茎ふるえ音 無声軟口蓋破裂音 無声歯茎摩擦音

 さて、次は子音の話です。ここでもまずは一般的な話をしようと思います。母音では3つのパラメータを紹介しましたが、子音については、ググった時に役立つコツを紹介しておきます。それは、「子音名で子音の発音は大体わかる」です。まあぶっちゃけ母音もそうですが。
 例えば、「無声両唇破裂音」と言われたら、「無声」「両唇」「破裂音」と分けられるわけです。この内「無声」は声帯の振動を伴わないこと、「両唇」は発音する場所が両方の唇であること、「破裂音」は空気の流れを発音する場所(ここでは唇)で一旦完全に止めて、その後止めている部分を開放することで破裂したような音を出す発音であることが分かるわけです。有機化学みたいですね、知らんけど。やってみれば分かるかと思いますが、これは[p]の発音です。
 発音記号をググるとこの子音の名前がきっとヒットするので、あとはその子音名の中で知らない単語があったらその意味を調べる、全部知っていたらそこに示されているやり方で発音してみる、とすれば大体の発音はわかります(ただし、言語ごとに細かい違いがあったりするので、そこは適宜調整が必要です)。特に重要なのは、「どこで(以下、「調音位置」)」「どのような発音をするか」です。

 子音全般の一般的な話をしたので、ここから先は日本語の特徴に基づいて色々見ていきます。

有気音

 次に紹介したい概念として、「有気音」「無気音」というものがあります。これを説明する前に、「破裂音」「摩擦音」「破擦音」について説明しておきますね。
 「破裂音」とは、子音の一種で、発音する場所(調音位置)で一旦息を止めてから開放する音のことで、k、t、pなどを言います。「摩擦音」は調音位置をごく狭く狭めて、息が通る時に気流のシュルシュルした音を出す子音を言います。例としてはsやfなどです。「破擦音」は破裂音と摩擦音を合わせたような発音で、調音位置で息を止めてから開放し、直後にその調音位置で気流のシュルシュルした音を出すような子音です。日本語の「ち」「つ」の子音や、英語のchurchのchなどがその例です。
 これらの子音は子音の中でも特に息を強く制限する特徴があったり、発音する時に声帯を振動させるか否かがパラメータとしてありがちだったり(他の子音も声帯を振動させないこともありますが、大抵発音と同時に振動させてるかと思います)、何かとグループで行動してる子達です。
 「有気音」はそんな仲良しグループの子達の中に時々現れるパターンの音の種類で、子音を発音してから少し時間をおいて母音が発音されるような種類の音になります。母音が発音されるまでの間はhっぽい息の音が聞こえたりします。そうでなくすぐ母音が発音されるのが「無気音」です。例えば、有気音のkをkhと書くことにしたとき、khaはkを発音してから一瞬息が流れてるだけの時間があって、その後aが発音されます。有気音は特に無声破裂音で現れがちな気がします。
 今の皆さんの気持ちを代弁しますね。「ピンとこないなあ…」ですね。これがメンタリズムです。でも実は日本語でも有気音自体は発音されることもあります。例えば、語頭に来る無声破裂音(声帯の振動を伴わない破裂音。kとかtとか)は有気音になりがちです。そのため、「たたかい」の最初の「た」と次の「た」では微妙に子音が違ったりします。有気音は口の前にティッシュを垂らして発音すると息をたっぷり出す分ティッシュが揺れたりしがちなので試してみてください。うまくいかないかもしれないですがその時はその時です。ドンマイ!
 中国語や韓国語、タイ語などは有気音と無気音を区別する言語なのです(Thailandのthは、タイ語で有気音が使われていることに由来します)が、合唱で歌う外国語の中に有気音/無気音を区别する言語は多くないかもしれません。ですが、日本語話者が一定の条件下で有気音を出してしまいがちなことには注意が必要かと思います。語頭で有気音を出す理由はよく知らないですが、語頭はこれから単語を発音するところなのでまだ勢いがあったり、単語の区切りをつけたりという意識から来ているのかもしれません。そして、実体験としてこれと同様のことが音楽的な拍頭にもありがちだと思っています。つまり、強拍があるところに無声破裂音が来た時に有気音化しがちという傾向はあると思っています。

 ある言語で有気音/無気音を区别していなくても、無声破裂音の実際の発音の現れ方には差があります。例えば、日本語では語頭では有気音、それ以外は無気音が来がちですが、英語では、アクセントがある音節の頭子音に無声破裂音が来た時(但しst-などsに続くものは除く)に有気音、それ以外は無気音になりがちだったり、フランス語では有気音になることがほぼない傾向にあったり、ドイツ語はガシガシ有気音化したりします。そのため、日本語話者が外国語を歌った時に、強拍で有気音になってしまった場合、言語によっては不自然に有気音になることがありうるわけです。こだわりたい場合、無声破裂音などが有気音化するかどうかに着目して対象の言語で話す音声や歌う音声を聞いてみると良いかもしれません。
 また、強拍で有気音が出ることで、有気音があまりない言語で強拍が来るたびやたら強い子音に聞こえたり、有気音は声帯の振動が無い時間が長いため、強拍が来るとレガートが続かなくなったりということもありうると思います。なんとなくレガートがうまくいかない時は有気音になってないか意識すると良いかもしれません。

/i/が後続する子音

 さて、次に考えたいのは/i/が後続する子音です。日本語だとイ段の時の子音ですね。
 日本語では、「し」「ち」などは、他の「さ」「せ」や「た」「て」と音声的には違う子音になります。ヘボン式ローマ字でも違う書き方なのでこれは気付いてる人も多いかもしれません。これは、sやtがその後につくiに影響されて、調音位置が上顎の真ん中辺り(硬口蓋)に寄っていったこと(口蓋化)によるものです。[i]を発音してみると舌が硬口蓋に近づいているのが分かると思います。
 同じようなことが、日本語では他の子音でも起こっています。例えば、「き」の子音も、発音する際には「か」の子音と厳密にはやや違う位置で発音していると思いますし、「ひ」に至ってはだいぶ他と調音位置が変わっていて、「は」「へ」などが声帯で摩擦音を出しているのに対し、硬口蓋で摩擦音を出しています。また、イ段でなくとも、拗音と呼ばれる「ゃ」「ゅ」「ょ」がつく発音は、子音を口蓋化させたものです。
 さて、この口蓋化が外国語を歌う時にどう影響するかと言うと、/i/が後続する子音が口蓋化しがちということです。特に、「ひ」に関しては全く違う子音と言っていいと思いますし、「に」も硬口蓋鼻音に近い発音なりますが、例えばスペイン語やイタリア語は硬口蓋鼻音(日本語だと「に」の子音っぽいやつ)と歯茎鼻音(日本語だと「な」「ね」などの子音)を弁別するので、意識しておくと良いことがあるかもしれません。英語ではniが多分口蓋化していないので、これも「な」と同じように口蓋化せずに発音するとそれっぽい発音に近づくかもしれません。「バーニラ、バニラで高収入♪」を合唱編曲してvanillaで発音して歌いたい時に活用してみてください。
 ちなみに、この口蓋化という現象は割とよくある現象だと思います。そのため、「日本語ではこの音は口蓋化しがちだけど、この言語ではしない」と言うこともあれば、「この言語でもする」ということもままあるわけです。「なんか発音違うな〜」と思った時にそれが/i/が後続している子音だったときに疑ってみるきっかけにするなどでご利用ください。
 口蓋化している例としては、ロシア語などのスラヴ系の言語では口蓋化が起こりますし、口蓋化することを示す文字さえあります(ロシア語では「軟音」と言ったりするかと思います)。ラテン語ももともとCという文字は/k/を表していましたが、歴史的にciの時に子音が口蓋化していき、子孫の言語の一部では「ち」のように発音していたりします。今でも教会式でラテン語を発音して歌う時はBenedicimus te.は「べねでぃーむす て」みたいになりますね。教会式はイタリア語っぽい発音で発音するものですが、イタリア語はラテン語の子孫です。

四つ仮名

 次に扱いたいのは、「じ」「ぢ」「ず」「づ」についてです。これらは「四つ仮名」と総称されたりします。これら、書き分けに苦労することもあるかと思いますが、日本の多くの方言では「じ」「ぢ」と書かれる音は同じように発音しますし、「ず」「づ」の組も同様です。今残っている書き分けは、連濁が起こった結果「ち」が「ぢ」になったり、(「はなぢ」とか)「つ」が「づ」になったりしたもの(「うづき」とか)だったりしますし、語源的には連濁でも「ぢ」「づ」が使われないこともあります(「いなずま」とか)。要するに、表記を見ても発音の参考にはならないということです。「ここは『ず』ではなく『づ』と書かれてるからこう発音するんだ!」って言ってる人がいたら、「もしかして四つ仮名を区別すると言われている九州東南部か高知の方ですか?」と聞いてみてください。当たると良いですね。
 さて、ここで少し話がややこしくなりますが、「じ」と「ぢ」や「ず」と「づ」は同じように発音するものなのですが、「じ」「ぢ」や「ず」「づ」で表される子音は、音が現れる場所によっては実際には違う発音になっていたりします。つまり、語頭の「じ」「ぢ」「ず」「づ」は有声破擦音、語中の「じ」「ぢ」「ず」「づ」は有声摩擦音となっているのです。「時間」と言う時の最初の「じ」は舌を歯茎につけてから発音していて、「5時」と言う時の「じ」は歯茎に舌はつかず、そのまま息を通しているかと思います。「図工」の「ず」と「絵図」の「ず」も同様です。
 語頭でも語中でも「し」「す」は摩擦音で「ち」「つ」は破擦音なのに、濁音にした時にはただそれが有声化する訳じゃないのは対応が取れてないですね。堀元さんが「いや対応取れてないな〜」と言っている様が思い浮かぶようです。皆さんも思い浮かべなさい。
 さて、これがどう影響するかというと、カタカナで「ジ」「ズ」となる音の中で、語頭の摩擦音と語中の破擦音が苦手になりがちと言うことです。例えば、英語のadjustなどの-dj-のところは破擦音になりますが、日本語的な感覚だと摩擦音になりがちで、フランス語のJe t'aimeなどのJeの子音は摩擦音になりますが、日本語的な感覚だと破擦音になりがちなのではないかということです。その言語でこれらの摩擦音と破擦音の区别が特にないなら、やや不自然な発音ながらあまり問題ないと言えるかもしれないですが、例えば英語のcarsとcardsの最後の子音はそれを区别するなど、弁別することもあるので注意が必要かと思います(-dsは正確には破擦音ではないかもですが)。カードに乗っても買い物には行けませんしね。エビサンドには乗って滑っていきたいですが。
 ちなみに、人によってはザ行全般で語頭で破擦音になることもあるかもしれません。その場合「ズ」に限らず「ザ」「ゼ」「ゾ」っぽい発音のものも意識してみると良いかもしれないですね。

rとl

 さて、クリシェっぽいやつ行きましょうか。rやlについてですね。日本語話者がその区别を苦手とするとしばしば言われるものです。これもなぜ苦手なのかと言うと、日本語ではどちらもラ行の子音と認識しがちだからですね。
 ご存知のように、この2つを区別する言語は多くあるので、みんな意識して練習しているかと思いますが、rに関しては結構言語によって種類があったりします。正確に言うと、同じRやrの文字で書かれていても、言語によって発音が違うわけです。ある言語では巻き舌(歯茎ふるえ音)だったり、ある言語では日本語のラ行っぽい音(歯茎はじき音)だったり。英語のr(歯茎接近音)やフランス語のr(口蓋垂ふるえ音)のような発音もあります。ところで、英語のrも「巻き舌」と言ったりすることもあって、大変紛らわしいですね。
 合唱でよく出てくるのは歯茎ふるえ音の方の「巻き舌」のrだと思います。これが発音できなくて苦労する人がいるのは合唱あるあるですが、私の知り合いで練習の結果巻き舌が発音できるようになった人もいるので、希望を持ってください。

 と、まあよくあることしか言っていない訳ですが、今回言いたいのはrについてではありません。lについてです。この子音、なんか油断されがちな気がするのですが、実はこれも練習が必要なのではないかと思うのです。
 Lやlで書かれる子音は、多くの場合歯茎側面接近音という名前の子音で実現されているかと思いますが、これは日本語には無い発音です(ただし「ん」のあとのラ行の子音はそれに近いかもしれません)。どう発音するかというと、舌を歯茎につけて声帯を震わせる感じです。この時、鼻に息が行くとnになってしまうので、鼻には息が行かないようにします。そうすると、舌の側面から息を逃がすことになるかと思います。ここから、日本語のラ行のように舌をはじくことなく母音を発音します。日本語話者には意外と難しいのではないかと思います。私は苦労しました。鼻に息を回さないように鼻をつまんだりしながら「な」と発音してみると近づくかもしれません。「LUX, super-rich」のモノマネをすると英語のlとrの区別ができると言う噂もありますが、それも良いかもしれません。ためにためてからLUXと言う感じです。

 日本語話者にはrもlもラ行音に聞こえるため、油断していると、lもラ行っぽく発音してしまうことになってしまいます。ただ、rほど注目されないので、スルーされがちな印象があります。特に、末尾子音にlが来た時なのに日本語のラ行っぽくはじき音になってしまうと、言語によりけりかもしれないですが、大抵rっぽく聞こえてしまうんではないかと思います。また、日本語のラ行の子音は多く歯茎はじき音という子音で発音されますが、これは一瞬はじくだけの発音なので子音のまま伸ばすことはできませんが、lはそのまま伸ばせるなど、色々と違いはあったりします。lのことも忘れないであげてください
 ちなみにこだわりたい人向けですが、英語なんかだと、同じlにも「明るいL」と「暗いL」があったりします。ざっくりと、上で紹介している発音が前者で、milkが「みぅく」っぽく聞こえる時の「ぅ」っぽいのが後者と思ってもらえばいいかと思います。気になる方は調べてみてください。また、アメリカ英語では母音に挟まれたtやdが日本語のラ行っぽい発音になることもあります。waterが「をーー」っぽく聞こえるやつですね。思い切って日本語のラ行と思って発音しちゃうとそれっぽくなるかと思います。ハックです。

末尾子音

 末尾子音についても見てみましょう。日本語が末尾子音がない音節(開音節)がほとんどの言語です。つまり、日本語はほとんどの場合「子音+母音」または「母音のみ」の音節でできているのです。末尾子音があり得るのは基本的には「ん」と「っ」のみと考えてしまって良いでしょう。
 そのため、日本語話者は末尾子音の発音そのものが苦手な傾向にあるように思います。歌っていて子音が聞こえない、というのもよくありますが、よくよく聞くと末尾子音がうまく発音できていないというパターンも多いように思います。
 また、有声子音が末尾子音に来た時に無声子音で発音しがちというのもある気がします。有声子音が末尾子音に来る時は結構エネルギーが要るので、意識を途切れさせないようにすると良いかもしれません。ただし、その末尾子音のあとに変な母音を入れないようにする必要もあります。難しいですね。
 とか言ってる割に、言語によっては無声子音が末尾子音に来た時に無声化することもあったりします。英語もそんなところがあったかと思います。やっぱり最後までしっかり発音するのは大変ですしね。そこは実際の発話や歌の音源をよく聞くなりしてみてください。

 末尾子音についてちょっとだけ加えておきますと、世の中の言語では末尾子音に無声破裂音(p、t、k辺り)が来た時、「破裂しない破裂音」(内破音)になる場合があります。正確には破裂しないので破裂音ではないですが、面白い言い方をしたかっただけです。
 これは、調音位置で息を止めたあと、開放せずそこで発音を終わらせる子音のことです。アイヌ語や韓国語、タイ語など東アジアや東南アジアの言語に割とよく存在しますし、英語でも場面によっては使います。また、日本語の破裂音/破擦音の前の「っ」もこれの仲間と言えないこともないかと思います。音としてはただの無音ですが、これがある言語の話者の脳のなかでは、直前の母音の音色がちょろっと変わったのを知覚しているらしいです。人間の神秘ですね。
 あまり合唱では使わないかもしれないですが、アカペラ(doo-wop)でスキャットとして出てくるwopとかdootとかの末尾にある破裂音はこれを指しているものかと思います。これを破裂させると大抵多分恥ずかしい感じになります。舌や唇でぱっと息を止めましょう。

 「ん」についても書いておきましょう。日本語の「ん」はいろんな発音で実現されます。学部時代の言語学入門の授業では「ワンタンメン館」という架空の料理屋か何かを例文として出されました。この「ワンタンメン館」には4つの「ん」が含まれていますが、全て違う発音です。1つ目の「ん」は舌先を歯茎につけて、2つ目の「ん」は唇を閉じて、3つ目の「ん」は舌の根元を上顎の奥につけて、4つ目の「ん」は人によるかもしれないですが舌はどこにもつかずに発音しがちかと思います。すべての発音に共通しているのは鼻音であることで、その調音位置は次に来る音の調音位置に従います。要は、「ん」と言う音には鼻に抜ける音であるという情報くらいしかないと考えても良いかもしれません。日本語の「ん」は3種類ある、というような話を時々聞きますが、実際はおそらく3種類どころかもっといっぱいあります。
 さて、これが何に影響するかというと、日本語話者は末尾子音に来る鼻音が苦手になりがちということです。「ん」の発音がいっぱいありうるということは、その沢山の発音をすべて同じように聞いてしまうということでもあるのです。sun(太陽)とsung(歌った)とsum(総和)は最後の鼻音によって区別されますが、調音位置がどこなのかというのはきちんと理解して発音する必要があるでしょう。カタカナで「ン」が出てくるような発音のところは、調音位置も気にしてみると良いかと思います。モーラの話の時は長さの話もしましたが、気にすることが多いですね。
 ちなみに、英語やフランス語では末尾子音の鼻音を発音したあと、舌をはじくことがややある気がしています。sunが「さん」みたいに聞こえるようなやつです。末尾子音の鼻音のあとの処理をどうするかは言語によるところがあると思うので、こだわる場合には気にしてみてください。

アンシェヌマン

 そろそろ最後にしようと思います。最後も末尾子音についてです。既に言っていますが、日本語の音節は、多くの場合母音で終わり、子音で終わることはほとんどありません。あるとしても「ん」か「っ」くらいです。ただ、「ん」は「鼻音」くらいの情報しかないため、実際にはnやmなど結構いろんな発音として発音されていたりしますし、「っ」も次の子音と大体同じものなので、これもまたいろんな発音があったりして、意外と取り揃えは豊富と言えるかもしれません。
 ここで取り上げたいのは、子音で終わる単語の直後に母音で始まる単語が来た時の話です。ちゃんと調べた訳ではないですが、おそらく多くの言語で、子音で終わる単語の直後に母音が来た場合に、その子音と母音が結びついて、後ろの単語が子音始まりの単語かのように発音されることがあります。音節の単位で言うと、前の音節の末尾子音が後ろの母音の頭子音に移ったかのように発音されるわけです。Check it out!を「ちぇけらー」と音写するのは、checkの最後のkとitのiが合わさって、itのtがoutのouと合わさったことによるものかと思います。フランス語ではこのような現象のことをアンシェヌマンと言うので、以下その名前を使おうと思います。英語では「リンキング」と言うこともあるかもしれません。
 このアンシェヌマンは、日本語にはありません。日本語で末尾子音になりうる「ん」は「鼻音」くらいしか情報がなく直後の音に合わせて変化してしまうため、直後に母音が来ると鼻母音のような発音になってしまいますし、「っ」に関しては直後に子音が来ることが前提になっていますので。そのため、アンシェヌマンという発想も無いのか、子音で終わる単語と母音で始まる単語が連続した時に、後ろの単語の最初に声門閉鎖音が挟まってアンシェヌマンが避けられた形で発音しがちなように思います。これでは声門閉鎖音の分無音の時間が増えて滑らかさが失われてしまいます。
 上述のように、日本語話者は末尾子音が苦手で、歌う時も末尾子音が弱くなったり落ちたりしがちだと思うのですが、直後に母音始まりの単語が来ている時にアンシェヌマンを意識すると、末尾子音がはっきり発音できるかと思います。例えば、Gratias agimusを「ぐらつぃあすあじむす」ではなく「ぐらつぃあじむす」と発音するようなイメージです。
 ただし、アンシェヌマンは多くの場合スムーズに発話するために行われるものかと思うので、単語と単語の間にポーズをおいて強調する際などには行われないこともままあるかとは思います。特に、合唱の場合には言葉の区切れ目や音楽的なフレーズ、強調したい箇所などの要因で、アンシェヌマンして繋げない方が適切な場面もあるかと思います。適切に使ってみてください。
 ちなみにドイツ語では逆にアンシェヌマンは避けられ、声門閉鎖音をわざわざ挟んだりします。ままなりませんね。それはそれで日本語話者には分かりやすいということで。

 ちなみに、同じようなことを「リエゾン」ということもありますが、リエゾンはフランス語において母音で終わる単語のあとに母音で始まる単語が来た時に、単独では発音されなかった子音が間に入るような現象を指すので、厳密にはここで言いたいこととは違ったりします。例えば、フランス語のles amisはそれぞれ単独では「れ」と「あみ」ですが、この2つが並ぶと「れみ」になり、zがどこからともなく現れます。昔は前の単語が子音で終わっていてアンシェヌマンしていたものが、単語単独だと末尾子音がもはや発音されなくなってしまい、後ろに母音始まりの単語が来ると痕跡的に現れている、と捉えると分かりやすいかもしれません。綴り字では残してますしね。
 練習中にアンシェヌマンを指して「ここはリエゾンして〜」と指揮者や団員が言っていたら、「それはアンシェヌマンだよ」と言ってあげてください。厄介者を見る目で見られると思います。可哀想に。


おわりに

 書いといてなんですが、丁寧にここまで読んだんでしょうか。お疲れさまです、ありがとうございます。情報量でタコ殴りにしてしまった感じがします。目を休めてください。小豆枕をレンチンして瞼に載せると気持ち良いですよ。

 一応色々調べながらなるべく正確に情報は書いたつもりですが、不正確な部分やかなりざっくりとしか説明していない部分も多々ありますので、今一度ご了承願えればと思います。また、私から「こう歌うべき」「こう発音するのが正しい」と規範的なことをいいたいのではなく、記述をして材料を提供するつもりで書いたというのも今一度確認したいと思います。もしそうなっていない部分があったら、ひとえに私の力量不足です。

 また、ここで書いているものが指揮者などの言ってることと違うこともあるかもしれません。指導を行う際には、正確に何かを記述しているとは限らず、レトリックを使っている場合もあるでしょうし、合唱団の今の状態から改善するために敢えて大げさに表現していることもあるかと思います。あるいは、感覚的に言葉を操る人なのかもしれません。そのため、実は最終的にはここに書いてあることと同じことを言っていることも多くあるかと思っています。まあ勘違いしている人も少なくないとも思いますが…経験上、特に日本語特殊論を持ち出してきたら大抵その先は話半分に聞いといていい気がします。

 とにかく普段思っていることを書き殴りましたが、日本語を知ることで、よりくっきり外国語のことも見えるという感覚が少しでもあったら嬉しいです。
 発音なんてものは合唱の中の要素の一つでしかないので、それに拘泥しすぎるのも良くないとは思います。ただそれは、軽んじても良いということではなく、自分らの定める目標として求められる水準の発音が確認できたなら、それをあんまり脳の容量を使わずに発音できるように練習することが大切なのかなと思っています。そうすれば、発音にも気を遣った上でもっと大事な音楽的なことにも注力できますし。言うは易く行うは難しですが。願わくば、この記事がその発音の確認に役立ちますように。

 それでは、良い合唱ライフをお送りください!合唱をしていない人は一緒に歌いましょう!

 明日のadvent calendarはskkさんの記事です。お楽しみに!

参考文献

 学部の時に使った音声学と音韻論の教科書です。色々参考にしたのでここに書いておきます。私の大学時代のやつなので、今はもう少し新しい版があると思います。

Davenport, M., & Hannahs, S. J. (2013). Introducing phonetics and phonology. Routledge.
Ladefoged, P., & Johnson, K. (2011). A course in phonetics. Cengage learning.

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