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『瞳をとじて』にみる、フィルム追憶

ヴィクトル・エリセ監督による、31年ぶりの長編作品。

 元映画監督のミゲル(マノロ・ソロ)は、テレビ番組の取材をきっかけに、22年前に起きた主演俳優失踪事件の謎に再び向き合う。当時、監督していた映画「別れのまなざし」の撮影中、主演俳優のフリオ(ホセ・コロナド)が突然失踪して映画は未完。
忘れかけていたフリオとの青春時代を思い返すミゲルは、残されたフィルムとともに、自らの半生をも追想していくことになる――


フィルム時代のロマンをスクリーンいっぱいに浴びる169分。

淡々と、丹念に、過去へと近づいていく。その道程で出会うすべてのものへ向ける眼差しは平等に、澄んでいて、急くことないノスタルジーに満たされていた。

かつて名優として名を馳せたフリオの破滅的な生き方と、映画界隈の華やかなる残滓。そんななか、取材協力費に目の眩んだところのあるミゲルは誰よりも冴えない老年を過ごしていた。トレーラーハウスで野菜を育て、海で魚を捕り、ささやかな翻訳の仕事で糊口をしのぐ日々だ。けれども、彼の周りにはいつだって心根の優しい人々がいてくれた。共同生活を送る友人たちや、かつての仲間も、恋人も、彼の人柄を物語る。

テレビ番組で失踪事件が報じられたあと、記憶を無くしたフリオかもしれない、そんな情報が寄せられる。老人介護施設を運営する女性からだった。
ミゲルはすぐに駆け付け、等しく老いた友の姿をそこに見つける。

なにもかも忘却の彼方にある友に、彼が選んだ行動は映画を愛する人々の心揺さぶるだろう。やさしい奇蹟のような瞬間を映し出して幕を降ろす。

映画にはじまり、映画に終わる。
劇中映画「別れのまなざし」の複層的秀逸。「ミツバチのささやき」「エル・スール」を髣髴する黒髪の乙女のえもいわれぬ眼差しが忘れられない。フィルム上映への追憶、人生の光と影、老いて辿る若き日の煌めき。
二度と戻らないかけがえない時間へと思いを馳せる名編だった。


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