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狐の嫁入り

   2限目の日照雨。

   強い雨だったのに、優しかった。11月の温い陽射しが、何処からかふとやって来た雫を輝かせる。教室もその時だけ異様に明るくなった。

   廊下側に座る私は先生の話も最初から聞いてないのに、その音1つしない天気雨に気付ける訳が無かった。誰かが天気雨、と呟いたその声でやっと窓の向こうが天泣の真最中であることを知った。慌ただしく動いていた手を止めてじっと外を眺めた。前にいつ天気雨に見舞われたか思い出せなかったが、久しぶりだったことは確かだった。


『あ、虹だ。』
 
 

   また誰かが呟く。既に視線は手元に戻っていたが、また目をやった。前から3番目の窓にそれはあった。陽射しが強かったからか色も濃くはっきりと映し出されていた。
   よく見るとダブル・レインボーだった。二重虹。虹について前に調べたことがあるから割と詳しい方だと思う。廊下側にいたことを悔やむ。ハロも見えたかもしれないのに。だが二重虹が現れるのも日本では珍しいことだったから、満足でもあった。

   虹には『あなたの判断は正しい』という意味がある。虹には多くの意味が存在するのに、ふと浮かんだのがこれだった。
   最近、進路変更をしたからだと思う。元の志望は医学科だった。別に頭はよくない。地域の中ではトップクラスの高校に入学したが、順位なんか下から数えた方が早い教科だってある。なぜそんな自分が届きそうもないのに目指したのかと言われると、これが相当くだらない。医師である父と看護師である母に育てられ、小学生の頃から医師になるという夢を染み付けられていた。まだ小さかった私には医師になることがどういうことかなど知るはずもない。苦労、努力なんて言葉じゃ表せない。もっと人並みではないものが必要だった。それを幸せなことにどう考えても自分にとっては雲の上、いや、宇宙にある妄想でしかないことに気付くことが出来た。それでも人に興味があることと人の役に立ちたいという想いは変わらず、あと少し頑張れば手に届きそうな範囲にある現実的な夢を持つことにした。まるでその判断が正しいとでも言うように、幻のそれは、私の前に現れた。

   さらに二重虹には『希望のしるし』という意味が含まれる。成功のエネルギーが齎されるだとか。そんなのはあまり信じていないが、今の自分の前に現れてくれるということは、信じなくとも思い出せということだろうか。悪いことではないか。少なくとも抱擁力のある濃い空と優しい慈雨のように感じられた鬼雨から生まれた虹が、前向きになれということを暗示してくれていると、それは信じよう。


   そういえば、天気雨は狐の嫁入りとも言ったっけ。
狐さん、私を化かすようなことはしないでね。
嫁入り、お祝いするからさ。______________

   

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