ポンコツしろはちゃんの日常 第1話 庭仕事(筒姫 岬)
バーチャル・ヒューマノイドは、もともとネットコンテンツとして誕生したヒューマノイドだ。家事を担う物理素体の家庭用ヒューマノイドよりも、内蔵されているAIは高性能。さらにバーチャル上のアバターを現実世界に投影できることから、物理的な寿命の懸念は減った。多機能で娯楽性が高く、そのぶん高価格だけれど、ハイスペックな個体は十数年近くも稼働するらしい……。
が、残念ながらこの個体――白波は、『八月三十一日に、寿命で消滅』するらしい。
『──私、八月三十一日に、寿命で消滅しますから』
*
「はぁー……」
初恋の相手を探している。それは間違いないのだが、どうしても、白波のことが頭から離れない。
人類が、きっと未来永劫、決して口にしないであろう言葉を、深呼吸一つで淡々と告げた、あのヒューマノイドのことが。
「どうかしましたか?」
「――っ」
透き通るような声。窓の外には、これも祖父の遺品である麦わら帽子を被った白波の姿。さっきの長いため息は、きちんと聞かれていた。
遺品整理を手伝わせると『事故です!』が多発して大変なことになると思ったので、悩んだ結果、ひとまず、さほど細かい動作は要さないであろう庭仕事を任せることにした。
「悲しいことがあっても、この海を見たら、きっと忘れられますよ」
「あの、塀しか見えないんですけど……」
そう……裏庭の庭仕事を。
祖父母がきちんと手入れしていたようで、この真夏でも雑草の丈は『30cmくらいです。精度は60%くらいです!』……だそうだ。とにかく、大した長さではない。しかし、この時期の庭仕事を人間がやるとなると、常に熱中症の危険がつきまとう。ヒューマノイドの白波は、寿命が近いとはいえ耐熱性は健在のようだから、この仕事には適任だと思ったのだが――聴覚にも、白波の経年劣化の影響が出ているらしい。屋外でも僕の声が聴こえるようにと、自分で聴覚の感度を上げた白波は、木の葉がこすれ合う音にさえ『どうかし――どうかしました――どうかしましたか?』と答え、作業を止めてしまう……傍から見れば、どうかしている。
しかし、ミュートにしていいよ、と言っても『ダメです!マスターのご命令を聞けないのは困ります!』と言って聞かない……。
「あっ! マスター、見てください!」
庭木の剪定を始めた白波が、また声を上げた。僕は書斎の窓から外を覗く。
「どうした?」
「ハチの巣です!」
白波が右手で指差すその先に、マツの太い幹の枝と枝の間、確かに一つ、大きなボール状のものが見える。そして、そこに群がる、そこそこのサイズのハチが数匹……。
「うわっ……白波、これ、何バチか分かる?」
「えーっと、今調べますね……はい、出ました! これは……」
「……」
「これはー……」
「……?」
「……イチゼロゼロイチイチゼロイチイチイチゼロゼロイチゼロイチ……」
「ちょちょ!? なんで急に二進数になるの!?」
「だ、だってこれ、和名がないんですよ! それにこれ、私の発音できる言語じゃなくて……」
白波は悲しそうに俯いている……。
「そこは日本語に翻訳……いや、和名がない時点で違うよね!?」
「……あっ、確かに! やっぱりマスターは頭がいいですね……!」
「いや、ちゃんとしてくれよ……じゃあ、他の候補で、日本にいそうな奴はないの?」
「ええと……今検索します……あっ、あります、あります」
「名前は……?」
「これはですね、ミツボシキアブモドキです!」
「ハチですらない!?」
「いえ……アブモドキですから、たぶん、ハチです!」
「適当すぎるよ!……そうだ、じゃあ、その情報の正確性は?」
ヒューマノイドでも、間違えることが絶対にないというわけではない。その蓋然性を、『情報の精度』という形で数値化する機能が備わっている……と、白波には微妙にそぐわない小難しい言葉で話してくれた。雑草の丈が云々、と言っていた時も、この機能を使っていたのだ。
「精度は0.01%、『天文学的数値』です!」
「うぉーい!?」
仰天だ……。それをそんなに元気な声で言わないでくれ!
「いやー、でも、写真のピンぼけが酷くて、これ以上は精度を上げられません……」
「それを先に言ってよ!? じゃ、悪いけど……もっと近づいて撮れない?」
「お任せください、マスター! 白波、ハチに刺されたことはありませんから……よし! これはいいのが撮れましたよ!」
「じゃ、もう一回検索してみてくれ」
「了解です、マスター! ……あっ、分かりましたよ、このハチの正体が!」
「正体は……?」
「ドロバチです! 精度は81%、『まちがいありません』ですっ!」
「その精度で『まちがいありません』って、開発者――!?」
ツッコミが追いつかないヒューマノイドだ。これも経年劣化か、あるいは、何かの[プラグイン(ルビ:拡張機能)]なのか……。 本当に、……前のマスターの顔が見てみたい。
確かに、よく見ると、巣も土でできているようだ。ハチには詳しくないけれど、ドロバチなら、とりあえず放っておいてもいいだろう。スズメバチ以外のハチは基本的に、刺激しなければ危険性は低い……はず。一件落着……というか、なぜ僕らはドロバチの巣ごときでこんなにすったもんだしているんだ?
「よし、ありがとう、白波。放っておいて――」
「では、駆除しておきますね、マスター。――えいっ!」
白波は剪定バサミを両手で掴み、ドロバチの巣を力の限りに殴打した。
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