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「不適切にも程がある」は本当に不適切にも程があるのか?

純子ちゃんとタメな私が意地悪にもツッコむ

見てますよ見てますよ。不適切。
最初に見たのはライブ遠征先のホテルで、阿部サダヲがバスでタバコ吸ってる場面をチラ見して「タバコ吸うシーンがあるなんて、いいドラマに決まってる!」とガン見。脚本を見て納得するも「家で録画してきたっけ…」とめちゃくちゃ心配になりました(無事できていたので帰宅して2回目を視聴)

もう懐かしいしかありませんよ。
子どもが生まれたら、男なら翔、女なら桃子ってみんな言ってましたよ。菊池桃子がデビューした時、マッチファンは怒ってましたよ。

セーラーズ、名古屋にも1日着てたから並びましたよ(母が)。
すり切れるまで着ましたよ。セイヤーズじゃなくて公式でしたよ。
おニャン子も、学校からダッシュして見てましたよ。東京に住んでたら、100パーオーディション受けてましたよ。

もう書きたいことがあふれ出て本題にたどり着きそうにないので、純子ちゃんとタメの私だからできるツッコミがあるなら、それは1つ。

あの当時のマッチは、もう誰も好きじゃないって~~!!

本当に強調したいからつい太字にしてしまった。
ドラマの設定は1986年。私も純子ちゃんも17歳なんでリアルにわかる。

たぶん、もうジャニーズは卒業してバンドに行くか、ギリチェッカーズ。ジャニヲタはクラスに一人もいなかったはず。
当の私はいわゆるニューミュージック(今はやりのシティPOPというやつだな)に移行していて、サザンとユーミンをヘビロテ。クラスでバンド活動をしていた子から聞いた、ブルーハーツやらアースシェーカーに流れる子もいましたし、もっと先に行っている子はマドンナやシンディローパー聞いてました。
田舎の名古屋ですらこんな状況なんだから、葛飾区がいくら都心から離れてたとはいえ、名古屋とはレベチ。マッチにまだ固執したり、ましてやマッチに憧れる男の子なんてダサい設定じゃなかったのかしら。

ついでに言えば、私のひとつ下から制服のスカートはぐっと短くなりました。
部活の後輩(オシャレチーム)が、着替えていた時に「せんぱーい、まだスカート長いんですか(ダッさいですねえ/心の声)」と言ってきたことを今でも覚えているくらいだから、東京ならなおさら。
それとも、当時の東京は最先端は渋谷区周辺だけで、下町には行き届かなかったのだろうか…その辺だれか教えて。

「セーラー服を脱がさないで」は確かにアカン

ほんでここから本題。
実は第4回を放送した昨晩、完全にカラオケのシーンではオッサンチームに入っていた私は、当然「あげない!」とか「食べて♥」とか言いながら、ヤジを飛ばしていたわけだが…。

当時、リアルタイムで聞いていて「なんたる歌詞だ」とは思った。あーあ日本っておかしいなと憂う気持ちもあった。
でも当時はバブル。私も浮かれていたのだろう。テレビの話だから私の周りの話ではない。女性蔑視と感じなかったし、根がオッサンだからか、カワイイ女の子がわらわらたくさんいると「カワイイ」と思ってしまい、その気持ちが勝った。
冒頭で書いたように、オーディションを受けたかったくらいなので、ちょっと感覚もおかしいのかもしれない。

それに、彼女たちも「なんじゃこの歌詞」と思いながらも、わーわーキャーキャー言われ、夕ニャンに出る度に1回5000円もらってたんだから、嫌というより「ラッキー」という気持ちの方が強かったはず。
(注:5000円という金額は、当時のおニャン子オフィシャル本に書いてあった記憶。ちなみに買ったのは妹です)

もし嫌な気持ちがあったとしたら、素人は素人の子で「まあ青春の思い出だから」と思っていたり、後釜は山ほどいるんだから「辞めます」と言ったと思う。素人に対して箝口令もないだろうから。
逆に芸能界を目指す子であれば、「嫌だけれどのし上がるには仕方ない」と思っていただろう。
まあ、これは私の想像でしかないが。

こういう思考なので、物議を醸した第3話にて、吉田羊さん演じるさかえさんが、ポロリを期待されているアダルト女優さんに対して「ねえ、偉いわよね、あの子たちは自分たちの立場をわかってる」と言った時、なるほどなーと普通に納得してしまった。

でもね、歌詞を改めてきくとけしからんという気持ちになるな実際。
「あれは昭和だったから」と済ませるつもりはない。でもそれが本心だから仕方ない。その時代をリアルに生きている人しかわからない感覚がある。
あゆ世代に「なぜ猫の尻尾をつけて歩いていたんだ」と言っても、正確な答えが返ってこないように、「なぜ腰をわるくするのがわかっているのに、厚底を履いていたのか」と言っても、正確な答えが返ってこないように。
今となっては「そりゃおかしいよね」と明らかなことも、当時の雰囲気、教育、環境によって、感覚は全く変わってくる。
極論になるが、「人を殺してはいけない」という絶対的な正義ですら、戦争中には勲章がもらえるわけで、周りの空気感という圧力はすごいわけだから。

本当の多様性

正直、前回(3話)くらいから「うん?」と思うセリフがあった。
それは「娘が嫌がることはしない」というセリフ。
そんなひと言でまとめちゃっていいのか?と思った。
Xで多くのRTが出ている記事には「娘は所有物であるという気持ちが心の底にあるから云々かんぬん」という記述があった(ウロですみません)

きくところによると、10~20代の女性の4割が、何らかの性犯罪に遭った経験があるという。
これを聞いて私は即「そんなにも!」と驚き「私は遭わなくてよかった」と思ったのだが、私の意識が薄かった。ここには痴漢やセクハラも含まれるらしい。つまり「そろそろ結婚したら?」と言われた経験も、今のルールに則れば「性犯罪に遭った」という計算になる。

性犯罪は絶対にいけない、というか人が嫌がることをするのはダメに決まっている。
芸人がイジるということも、本人に不快な気持ちが生まれたならそれはアウトだし、いじめは脅迫罪・恐喝罪・暴行罪・強盗致死罪に当たると真剣に思っている。

ただ「女性が嫌だと思う気持ち」というのは、残念ながらどうやっても男性にはわからないと思う。
どんな頭のいい男性が説いても、どんなに共感性のある男性が説いてもだ。
例えばうちの夫などは、非常に気持ちのよい人物であり、家事や育児も何も言わずにやっていたし(むしろ育児に関しては私より向いている)、「いかにもやってます」風な雰囲気を出すこともない。
「女性だから私が軽んじられている」と感じたことも、一度もない。

ところが、もし娘がそういう犯罪に巻き込まれたらどうするか、という話になった際、私は「絶対につきとめて八つ裂きにしてやる」と鼻息荒くしていたのに対し「そうだよね、それは許せないよね」と抑揚なく言い放ったのだ。

彼がそうであれば、世の中の男性が「スカートはいてたからそんなことになる」だの「女の方が誘っていた」だの言うのは当然なのかもしれない。
だってわかろうとすらしていないんだから、無理だもの。

思うに、男性は、女性がいろいろなことをされてしまった時のことを、想像することが生理的にできないのではないか。
例えば、男性が急所を思いっきりぶつけた時、その傷みが全く想像できないことだったり、ある種の欲望が抑えきれず、若い子が真夜中に全力ダッシュしたり、成年になったのであればその種のお店に行かないと、どうにかなってしまうということがあるように。

もちろん全部が全部ではない。もともとそういう欲が薄目の男性もいるだろうし、衛生的に嫌だとか、自分の彼女としかしたくない人もいるだろう。
でもやっぱり生理的に理解できないことが、悲しいけれど男性と女性の間には、ある。

大学時代、私は社会学を学んでいて、わりと緩いゼミだったので、テーマも自由に選べたのだが、Wちゃんという女子が選んだのが「夫婦間の強制的な性行為」。
ところが教授は「そんなことはありえない」として、がんとして認めなかった。でも教授は学生時代からつきあった彼女と結婚し、当時も結婚してだいぶ経つのに、いつものろけていたほど。
彼から見たら「夫の気持ちも妻の気持ちもわからない。だって夫婦は大事に思うものでしょ」で決まりだが、残念ながら昨今の離婚率を見てみれば一目瞭然。

重ねがさね「昭和だから」と済ませるつもりはない。
既読スルーに対してネチネチ言うのは、男性だから、知らないから、ではなくて「市郎の性格だから」だと思うし、昭和にもスッキリした大人はたくさんいた(むしろ多かったように思う)
市郎が初回で「本当の多様性は、がんばってと言われることが好きな人も嫌いな人も認めること」と言っていたけれど、その通りではないかと思う。

実際、数回前から「おや?」っと思うところはあるし、これからも「おや?」っと思うに違いないけれど、私はこのドラマが好きという気持ちが勝っているので、きっと「でもこれドラマだから、エンタメだから」と見続けると思う。
そして、もはや重鎮ランクになったクドカンさんが、こういうもやもやも必ず解消してくれ、大団円にしてくれると信じている。





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