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自分の声が嫌で仕方なかった私が、自分の声に惚れたひと文字

「結構です。メゾソプラノ」

音楽室。歌い終わった私に先生は静かに言った。

生まれて初めて受けた「入部テスト」
どうやら合格したらしい。

現在(39歳)の私は、歌うことが好きだ。

しかし、11歳だったこの当時は特別歌が好きだと思ったこともなく、完全に勘違いで合唱部に入った。

勘違いとは「5年生になったら、合唱部か吹奏楽部のどちらかに入らなければならない」というもの。

そう思い込んでいたが、実際には課外活動は希望者のみの参加だった。
入部に選考がある時点で気づけ。

親友のIさんが吹奏楽部に入ったと言うので「そっかー、私は楽器はできないから、歌なら身体ひとつあればいいや」そんな軽い気持ちで入部テストに臨んだ。

私は、メゾソプラノに配属された。

入部してすぐ勘違いに気づいたが、私は結局卒業まで合唱部に所属した。今思えば「辞める」という選択肢もあったはずだが、当時、私の中には辞めるという概念が存在しなかった。

5、6年生は夏休みがほぼなく、毎日学校で練習に励んだ。

お姫様やアイドルに憧れるのと同じように、私はソプラノに憧れた。

今の私なら「ソプラノにかえてください。もう一度テストしてください」そう言ったかもしれない。もしくは「私はメゾ。それが私の役目。私にしか出せない音がある」とそれを受け入れてベストを尽くしたか。

当時の私はどちらでもなく、ただモヤモヤしながら目の前の練習をこなし、イベントやコンクールに参加した。

このように声を出す機会は多く、声について意識することは多かったものの、当時から私は自分の声が嫌いだった。録音した声なんか聴くと背筋が痒い。幼少の頃の録音を聴くと、キンキン高い声で早口に喋っている。うんざりした。

甲高いと言われる割にはメゾソプラノ。中途半端な感じがして、それも嫌だった。

月日が経ち「自分の声が嫌い」は39歳まで変わらなかった。

38歳。ライターの仕事を始めたのをきっかけに、音声配信をはじめた。


相変わらず自分の声は好きになれなかったが、ひとつ変化があった。

「声がいい」と言われることだった。

私の声がいい? どこが?

最初はこんな感じであった。

音声配信を続けるうち、ひとつの発見があった。

それは「自分の声」は好きではないけど「発声すること」が気持ちいいということ。

発声することで、何かを発信すること。それがとてつもなく気持ちいいのだ。喉がマッサージされるような感覚。

「好きなこと」「やりたいこと」を見つけることは、人生の奇跡のひとつだと思っている。

「声の仕事がしたい」

かくして私は、久々に新しくやってみたいことを見つけた。ライターの仕事で時々動画シナリオを書くことがあり、ナレーターという仕事が自分の世界の中にあった。

この8月、私はボイストレーニングを受け始めた。

師匠は現役の声優。「あいうえお」に始まり、基本的な口の形、舌の使い方から地道に教えてくれる。

あ行から始まり、子音の発声に苦戦している。

か行、さ行が特に苦手な私は、か行とさ行の苦手な部分についてちょくちょく先生に質問をする。その度に、気づくべき重要なヒントをいただく。

ある日どうしてもこもったように聴こえる「く」について先生に相談したところ、舌の位置についてのあるヒントを得た。それを参考に「く」を発音した時、私は生まれて初めて自分の声に惚れた。

「く」というたったひと文字、それで自分の声に惚れるなんて、こんなことがあるんだと未だに驚く。そして「く」を発音するたびにその声に驚く。

昨年、未経験でライティングの勉強を始めたあたりから「臆することなく挑戦できる」ようになった。元々挑戦が好きな性分ではあるが、動けば変わるのだと実感したから。

でも、こんなに小さなこと、たったひと文字で声という自分の一部、しかも嫌いだった部分を好きになれるとは予想もしなかった。

これを読んだ誰かが新しいことに挑戦してみようと思えたらいいな、と思い、記録に残すことにした。

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