アイスクリームの魔力
暑い日が続く。朝晩が昨年の夏より涼しく感じられる点だけが救いだ。こんな暑い日にはアイスクリームが良く似合う。
先週の金曜日もそんな暑い日だった。
朝は比較的涼しく、エアコンを入れるまでもない気温だった。27℃くらいだったと記憶している。中体連の地方大会には最適な気候だろう。
その日は3年生の引退がかかっているブロック予選だった。いつもは審判員として参加するのだが、今回はじっくり見たいとの想いがあり、監督として参加することにした。
剣道部員たちはコンディションが良さそうだったが、勝負は水物。何が起こるかわからないし、見ているこちらは何もしてやれないので歯痒い。期待と不安で胸が張り裂けそうだ。
ちなみに、痩せたと思って気を抜いていたせいか、ワイシャツの胸のあたりはいつボタンが弾けてもおかしくない状況。まさかのリバウンド王だ。物理的にも胸が張り裂けそうだったことを付け加えておこう。ケンシロウになる日も近いか。
大会の結果は、団体の部で優勝。
ただし、安心して見ていられる内容ではなかった。1戦1戦が心臓にチクチクと針を刺しているような試合の連続だ。決勝戦では圧倒的有利な状況で大将戦を迎えた。
「思い切って試合に臨めた」と大将の選手(主将)はいう。
しかし、見ているこっちは過呼吸になるかと思ったくらいだ。もう少し落ち着いて見られるような試合をしてほしい。必要に迫られ、終わってからアドバイスしておいた「もうちょっと上品にやれ!」と。
実は、ここしばらく優勝から遠ざかっていた。学校としては10年以上優勝していなかったのではないだろうか。だから、中学校の先生方は「優勝は先生の指導のお陰です!」と今にも言いそうな雰囲気を醸し出している。
しかし実際は違う。私はほとんど何もしていないのだ。選手ひとりひとりの努力の結果に過ぎない。
強いて言うなら「君たちは強い!自分を信じろ!」と、試合直前にアドバイスしたことくらいだろう。安西先生の真似に過ぎない。
そんな大会から始まった週末。土曜日は息子の高校の部活に、日曜日は指導している中学校の部活に差し入れをしてみた。
子供たちは大喜び(だと思う)
近年、夏の差し入れといえば「COOLISH」か「ICE BOX」の2択だ。その理由は、多少融けても何とかなるからに他ならない。
差し入れといえば、スポーツドリンクのイメージが強いだろう。確かに、無難な選択といえる。しかし、あえて融ける物を工夫して持って行く勇気を買っていただきたい。
ちなみに、販売している店舗が少ないが、個人的には「Greenバニラ」がおすすめだ。「Greenストロベリー」はまだ見たことがないので、見つけたら速攻で買おうと心に誓っている。環境やアレルギーに配慮しているわけではなく、単純に美味しいのだ。
話を戻そう。
そんな心のこもった差し入れを、高校生も中学生も喜んでくれた。ただし、この上なく喜んだか否かはわからない。
息子に聞いてみると「嬉しかった」とはいうものの、イマドキの子供はいつでもアイスクリームを食べられる。我々の子供の頃のようなことはないのだ。もしかすると「ハーゲンダッツの方が嬉しい」と、心の奥底では思われているかもしれない。
稼ぎの悪い父を許せ。ハーゲンダッツ30個(高校10個+中学20個)は厳しい。娘の高校の合宿にはハーゲンダッツを持って行ったが今は無理だ。
実は、私がアイスクリームの差し入れにこだわるのには理由があった。
なぜか鮮烈に記憶している2つの出来事
私が剣道を始めたのは、中学校の部活動だった。全くの初心者から、3年生のときにはキャプテンとして約40人の剣道部員を引っ張った……気がする。実際は引っ張られていたのかもしれない。
少子化の今では40人もの部員がいる地方の剣道部なんて考えられないことだ。ちなみに、私の学年は14人、1つ下と2つ下の学年もそれくらいの人数だったと記憶している。
そんな部活動で過ごした青春の日々は私にとってかけがえのない想い出だ。その中でも特に記憶に残っているのは2年生の夏と3年生の夏に起こった2つの出来事だった。
稽古後のかき氷を囲みながら
中学の剣道部顧問は剣道未経験者だった。剣道の事には全く口を挟まない徹底ぶりは敬意を表すに値する。代わりに、一般の方が時間を見つけて指導に来られていた。今の様に外部指導員などという制度もないので、100%鮮度抜群のボランティアだ。
剣道の腕前は当時3段。今考えると大したことないのだが、当時はよくわからなかった。先生のことを私は勝手に師匠と呼んでいる。
師匠は綺麗な剣道ではないし、ちょっとやんちゃな先輩方には嫌われていた。失礼な話だが「もう来ないで欲しい」と直接言ったことがあると聞いた。
もし、自分がそんなことを言われたら1週間は寝込む自信がある。
そんな師匠が、あるとき差し入れを買ってきた。夏休み中の部活動だったと記憶している。私が手に取ったのは、上に輪切りの檸檬が載っているレモン風味の真黄色のかき氷だった。
部活動がどんなものだったのかはほとんど記憶にないが、部活後のかき氷の色や味は鮮烈に記憶している。もう30年以上も前のことなのに、だ。
これほどまでに強烈な記憶はほとんどないだろう。本当に何気ない部活の後の風景だ。2年生の夏はかき氷1つで乗り切ったに違いない。
今度、師匠に会ったらかき氷を買って差し入れしよう。(現在は体育館の管理人)
電車に乗り遅れた人だけ食べたアイスクリーム事件
3年生になると、新任の先生が顧問に就任した。背が高く、すらっとしている美人の先生だ。ただし、剣道のことは全くわからないという。
隣の中学には剣道のできる先生が2人もいるのに、どうしてうちの学校はずっとこんな状態なのかと嘆いたのをよく覚えている。
そんな陰口が聞こえたのか、その先生は剣道部のために尽くしてくれた。若い先生なので、新入部員たちと一緒に素振りをすることもあった。後に段を取得したと聞いている。
生意気なキャプテン(私)は、何度か先生を泣かせたらしい。本人は全然知らなかったが、後から同級生の女子部員に聞いた。
そんな先生がやらかしてくれた。
大会の日、遠くの市へ電車で移動した。大会結果は覚えていない。そんなことは取るに足らないことなのだ。それよりも重要な出来事があった。
今ではスマホで帰りの時刻表を調べることは容易い。しかし、当時はそんなものはないので、ほとんどが出たとこ勝負だ。大会から帰れる時間も予測不可能なので、先生も調べていなかったに違いない。
私たちが駅に着いたとき、列車は今にも発車しそうだった。前を歩いていた私を含む何名かが列車に飛び乗る。しかし、後ろを歩いていた数名は列車には乗れなかった。
列車に乗れた我々は喜び勇んだ。「ざま~見ろ」と。何がざま~見ろなのかはわからない。それが中学生というものだ。しかし、翌日になり、全ての行動を後悔することになる。
「昨日、電車に乗れなかった子は先生にアイスを買ってもらえたんやで!」
その子が発した言葉の意味を理解するのに5秒要した。いや、時が止まったようにさえ感じた。居ても立っても居られない私は、キャプテンの責務を果たすべく動いた。
先生に問い質し事実確認→事実だった
先生にアイスを買ってもらうことを約束させる
先生は約束してくれた。心優しき先生だ。しかも美人だ。でも、気が強いので男子生徒には意外と人気がなかった。そんな先生との約束は嬉しかった。
きっと、引退までにアイスを買ってもらえる。
誰もがそう思っていたに違いない。
しかし……
残念なことに、未だに約束は果たされていない。
当時は携帯電話など世の中に存在しない時代だ。だからその先生が今どこで何をしている人なのかもわからない。
もし、教員を続けているとすれば、そろそろ定年になる頃だ。何としてでも探し出してアイスを買ってもらうべきだろう。この想いを果たすまでは死ねないとまで思っている。
アイスの魔力をなめてはいけない
部活の差し入れにはアイスだ。アイス一択だ。それ以外の選択肢はない。それがアイスの魔力に取りつかれた男の末路だった。
ちなみに、隣の中学出身のKさん(女性)は、
「校長先生が、優勝したらサーティーワン奢ってくれるっていうから、みんなで『サーティーワン!サーティーワン!』って言って稽古しました」
と、全中出場時のことを語っている。
やはりアイスクリームには何らかの魔力があるに違いない。もはや疑う余地もないだろう。
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