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見えない星に祈って


 黒い雲に覆われた夜。図書館の窓から漏れる明かり。
 公園のベンチで夜空を見つめていた藤田美咲は、雲の向こうで瞬く、見えない月と星に手を伸ばした。細い指先に吹く風を掴むように、微かに動く空の水に爪を立てる彼女。
「勉強はもういいの?」
 図書館から響く足音。小森陽香の長い髪が夜風に揺れる。
「休憩中」
「そっか、じゃあ、私も」
 美咲の隣に腰掛ける陽香。ひんやりと滑らかな木のベンチに手を置くと、水筒の蓋をとって冷たいお茶を汲んだ。喉を潤した陽香は、美咲に水筒を渡す。
「ありがと」
「……ねぇ、美咲ちゃん。美咲ちゃんが今考えてる事、当ててもいい?」
「いーけど、分かるの?」
「うふふ、分かっちゃいます。美咲ちゃんは今、小林クンのことを考えています!」
「……はい?」
「美咲ちゃん、恋煩いしてるでしょ?」
 一等星のように輝く陽香の瞳。やれやれと肩をすくめた美咲はお茶を飲んだ。
「外れ」
「えー、美咲ちゃん、ぜったい小林クンのこと考えてると思ったのに」
「てゆうか、何で小林?」
「だって……何だか、お似合いってゆうか……」
「考えてたの、アンタでしょ?」
「ええっ? ち、違うよ、違う! 何であんな奴の事……」
 ぶつぶつと舌を回しながら、陽香は前髪を弄り始める。
 静かな夏の夜。図書館の明かりに照らされるベンチ。美咲は、顔を赤くする陽香に微笑むと、また夜の空を見上げた。
「雲の上の、夜の世界を考えてたんだ」
「く、雲の上?」
「うん、あの暗い雲の向こう側に、何にも遮られない星と月が瞬いてるんだよ。それが見てみたくて、夜空を飛べたらなって考えてたらさ、小林って、あはは」
「もう! 小林クンも、星みたいに輝いてるよ!」
「へぇ?」
 首筋まで真っ赤に染まった陽香の目に灯る眩い光。美咲の目を真っ直ぐ見つめる星の瞳。暗い公園を流れる静寂が二人を包むと、動き続ける夜の雲にうっすらと月明かりが覗く。
「あ、えっと、その……」
 心の奥底に仕舞ってあった想い。失言に慌てた陽香は、あわあわと髪を弄りながら、くりくりと眩い瞳を動かした。その瞳に吸い込まれるように顔を近づける美咲。陽香の燃えるような熱い頬に触れた彼女は、星の瞳の奥を覗き込む。
「綺麗」
「え、えええ? ま、まさか美咲ちゃんって、そっち系?」
「そっちって?」
「そ、その、なんと言いますか……」
「ねぇ、どうして逃げるの?」
「あ、わわ、私は小林クン一筋なんで! その、理解は出来ますが、ごめんなさい!」
「そ……、あはは」
 静寂を震わす笑い声。黒い雲間に光る月。混乱と羞恥に赤くなる陽香に我慢出来なくなった美咲は、その細い身体にギュッと抱きついた。
「ぎゃっ! みみみ、美咲ちゃん! タンマ!」
「やーだよ、嘘ついた罰」
「う、嘘って何っ?」
「小林の事、好きなんでしょ?」
「あ、う、それは……」
「どーして、嘘つく?」
 瞳の星。甘い吐息。抱きついたまま陽香の瞳を覗き込む美咲の瞳。
「ごごご、ごめんなさい! 嘘ついてましたっ!」
「小林と付き合いたいんでしょ?」
「はい! 付き合いたいです!」
「じゃあ、祈りなさい」
 雲間に掛かる薄い雲。星の見えない夜に瞬く星。美咲の瞳に宿る光を見つめながら、陽香は微かに首を傾げる。
「い、祈るって、何に?」
「星に」
「星、見えないよ?」
「見えるよ、今、見てるでしょ?」
 微笑む美咲の唇が光る。黒い瞳に映る自分の瞳を見つめる陽香。
 星なんて見えないけど。
 黒い夜空をチラリと見上げた陽香は、美咲の瞳に視線を戻すと、見えない星に想いを祈った。









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