【連載】藍玉の付喪神【第28話】
踏切の音を聞きながら歩いていると、ふと生暖かい風が頬をなでた。
麻紀は立ち止まりはしたが、振り返ることはできなかった。
近くに留まっていたらしい鳥が、高い鳴き声を上げると飛んでいった。
この感覚を知っている。
墓参りの時と同じだ。
電車が通り過ぎる音がやけに大きく感じる。
背中に神経を集中させて気配を探る。
重くて暗いものがゆっくりとこちらに迫っているのが判った。
麻紀は意を決して振り返る。
目の前に、気持ちの悪い黒い塊が現れた。
何だ、これは。
そう思うと同時にそれはぶくぶくと膨れ上がりだした。
その場から動けないまま、どんどん膨れ上がる黒い塊を見つめていると真ん中につつつ、と線が入るとぱっくりと割れた。
まるで口のようだ。
それは今にも麻紀を呑み込んでしまいそうだった。
ずんぐりとした黒い塊から細い腕が次から次へと無数に生え始め、じりっと麻紀に近寄ってきた。
しかし麻紀はそれを怖いとは思わなかった。
怖いというよりは気持ちが悪い。
気持ちが悪くて重たくて、臭くて吐きそうになった。
突然その塊に目が現れた。
最初は一つ。
それから二つ。
三つ、四つ、五つとあっという間にいくつもの目が現れて、にたにたと笑った。
そこで麻紀は気がついた。
その黒い塊は、墓参りで麻紀を襲ったものだった。
辺りを見回しても八神はいない。
そこまで考えて麻紀ははたと我に返った。
無意識に八神を探していたことに気がついてかぶりを振る。
あの人を小馬鹿にしたような態度が気に入らないのにもかかわらず、頼りにしていた自分に腹が立った。
その怒りをぶつけるように、麻紀は塊を睨みつける。
塊は怯むことなくゆっくりと麻紀に近づいてくる。
左手首が冷たい。
思わず麻紀は腕を挙げた。
しかし左手の腕輪は、見た目には何の変化も見られない。
いつも通りの普通の腕輪だ。
ふと視界にいくつもの細い腕がちらついた。
ぱっと顔を上げると、黒い塊は麻紀のすぐそばまで寄って来ていた。
予想外の近さに後ずさろうとした麻紀は、足がもつれてその場に尻もちをついてしまった。
買い物袋から鈍い音がする。
コンビニで買った炭酸飲料が地面にぶつかった音だ。
一瞬それに気を取られて、麻紀は買い物袋に視線を移した。
その途端に黒い塊は、身をかがめて麻紀に覆いかぶさって来た。
麻紀は振り返る。口が開かれて視界が赤に染まる。
ああ、食べられる。
と思った矢先に、聞き知った声がした。
「あれ、何だと思う?」
麻紀の頭の上から、八神がじっと顔を覗き込んでいた。
覆いかぶさっていたはずの塊ではなく八神が見えていることに驚いた麻紀は、辺りを見回す。
塊は少し離れたところまで後退していた。
「ねえ、鶴岡さん。あれは、いったい君の、何だと思う?」
悪いことをした子供を叱るように、ゆっくりとかみ砕くように、八神はもう一度麻紀に問うた。
「私の……?」
麻紀は八神の言っている意味が解らず、激しく混乱した。
あれは墓地にいた。
あれはそういうところにいるお化けではないのか。
確かに麻紀に対して執拗に襲ってくるが、それは麻紀があの墓地に行くからであって、それ以外の要因なんてないと思っていた。
麻紀は墓地での出来事以来、墓参りをする時は気を付けなければと思う程度だった。
それを麻紀のせいで、あれが生み出されたと言わんばかりの八神の言い草に、動揺を隠せない。
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