言田真狐
約5万文字あるものを小分けにしているので、まとめました。
連載中でも完結済みでも、いろんなシリーズの第1話を集めました。
この国は、八百万の神がおわす国である。 日常では目にする機会などないような、神社の御神体はもちろんのこと、普段は見慣れている草木や、毎日履く靴に至るまで、ありとあらゆるものに神は宿っている。 それは、目に見えない言葉でさえも。 たとえ欠けた茶碗ですらも、粗末に扱ってはいけない。 何事にも感謝の念を忘れず、日々を過ごすことが大切なのだ。 ものを大切に。 そうしていれば、そこには神が宿る。 宿った神は持ち主を護ってくれる。だからないがしろにしてはいけない。
「8話:平等」 璃子をもっと圧掛けたキャラに 神すらも璃子が制圧していた 丁寧な振る舞いからのギャップ 怖いねぇ 結局生きてる人間が一番怖いんだよ -完- 「9話:面-つら-」 千歳初登場 7話と8話の報告 表と裏 鬼の形相 怨嗟の念 人による使い分け 勇弥にも当てはまる 千歳も人のこと言えない 勇弥ちょっと危ない? 面を取っても同じ顔 天音ちゃんに訪問させて 何だったら住んじゃおう! -完- 「10話:名」 真名、偽名 龍久初登場 噂の天音ちゃんを見たかったよ お調子者
仕方がないからお礼でも言ってやろうと麻紀は顔を上げたが、そこに八神の姿はなかった。 驚いて周りをきょろきょろと見回しても誰も居ない。 狐に化かされたような気持になって、麻紀はため息を吐いた。 こうしていても始まらないと、帰ろうとした麻紀の視界に放置された買い物袋が飛び込んだ。 どうやらこの騒動の中、ずっとそのままだったようだ。 拾って中身を確かめると、すっかりぬるくなった炭酸飲料とお菓子の袋がちゃんと収まっていた。 しかし封を切ったお菓子は買い物袋の中に散
小学校を卒業する間際、麻紀は学校の帰りに、バス停で佇んでいる女の人を見た。 そのひとは白いワンピースを着て黒い髪をなびかせて、バスの時刻表を熱心に見つめていた。 帰りのバスが分からないのかと思って、麻紀はその女の人に声をかけた。 女の人は驚いた顔をしたが、すぐに笑った。 案の定バスが分からなかったようで、麻紀が丁寧に教えると、ちょうどそこへバスが来た。 女の人が降り込むのを見届けた麻紀は、満足そうににっこりと笑った。 しかしバスはなかなか発車しない。 不
要するに八神は、ずっと肌身離さず身につけていた腕輪には、麻紀の長年の罪悪感や自己嫌悪、妬みや嫉みが溜まっているのだと言いたいのだろう。 あの塊を作り上げてしまうほどに、麻紀の負の感情は並大抵ではない。 それが欠けてしまったことで不完全な形となり、それを補おうとどこからともなく、他人の負の感情を常に引き寄せるようになる。と言いたいのだ。 そうなれば麻紀は、不幸の連鎖の渦中に放り込まれることになる。 それでも、麻紀はこの石たちを手放せそうにない。 もうずっとこの石
八神が一歩前に出る。塊はずっと麻紀を手招いている。 「残念ながら、あれらと君のお父さんを切り離すことはもうできない。だから一緒くたに斬ってしまわないといけないんだけど、最期に何か言いたいことはある?」 にこりと笑って振り返った八神と塊を交互に見て、麻紀はぐっと唇を嚙む。 八神はいつの間にか刀を握っていた。 麻紀の涙はもう止まっている。 奥歯をかみしめると麻紀は顔を上げた。 「もう、大丈夫」 塊が手招きをやめる。 麻紀は一歩踏み出して、八神の隣に並んだ。
この気持ちの悪い黒い塊は、私のせいで生まれた。 私の醜い感情が、父への思いを核にして生まれた。 「え、か……? と、さんが……ま、ちゃる……」 塊――――、麻紀の父が無数の腕を伸ばしながら言う。 八神は腕をはじかなかった。 父さんが護っちゃる――――。 それは昔、何度も言われた言葉だ。 もうずいぶんと昔のことで、父の顔さえもおぼろげになってしまったけれど、本当はもう声も思い出せなくなってしまっていたけれど、その言葉だけはよく覚えている。 麻紀は父が嫌
思えば八神と初めて会った時からそうだった。 八神は全てを見透かしたようなことを言う。 どうやらあの塊の正体が判っているらしいが、麻紀には全くもって身に覚えがない。 いや、全くというのは正しくはない。 しかし、こんな気持ちの悪いものが麻紀のせいで生まれただなんてふざけるのも大概にしてほしい。 八神の言葉に怒りがふつふつと湧き上がり、麻紀はまたじりじりと迫ってくる塊をよそに立ち上がった。 「何だっていうの? あれが私のせい?」 「そうだけど?」 どうして解
踏切の音を聞きながら歩いていると、ふと生暖かい風が頬をなでた。 麻紀は立ち止まりはしたが、振り返ることはできなかった。 近くに留まっていたらしい鳥が、高い鳴き声を上げると飛んでいった。 この感覚を知っている。 墓参りの時と同じだ。 電車が通り過ぎる音がやけに大きく感じる。 背中に神経を集中させて気配を探る。 重くて暗いものがゆっくりとこちらに迫っているのが判った。 麻紀は意を決して振り返る。 目の前に、気持ちの悪い黒い塊が現れた。 何だ、これは
居間でテレビを見ながら携帯でゲームをしていると、だんだんとうとうとしてしまい、そのまま眠ってしまった。 窓からは穏やかな日差しが入り込み、まだしばらくは手放せそうにない扇風機の風が届く中、麻紀は久しぶりにぐっすり眠ったのだった。 だんだんと近づいてくる豆腐屋の車の音で目が覚めた麻紀は、薄暗くなった部屋を見て不思議な心地がした。 いつもこんな風に暗い部屋に帰ってくるのに、今日はテレビが点けっぱなしになっていて、自分は簡単な部屋着を着ているからだ。 時計を見るともう
麻紀の病名は適応障害ということになっている。 会社に報告する際にうつ病だと告げると、極端な話その場で解雇されることがあるらしい。 しかし嘘はつけないので、括弧書きとしてうつ病と印字してあった。 また来月、と看護師さんに言われて麻紀は反射的に頷いた。 今日この時から会話は録音した方がいいと言われて、麻紀は会計が終わるまでの間に携帯に録音アプリを入れた。 会計を済ませて車に戻ると、そのままの勢いで社長に連絡する。 今日から休職する旨を伝え、診断書はどうしたらいい
火曜日になり、出勤するつもりでいつものように携帯の目覚ましよりも早い時間に目を覚まし、だらだらと過ごした後、身支度をしていた麻紀は、身体の違和感に気づいた。 ここ数年必ず襲う吐き気がないのだ。 首を傾げながら時間を確認しようと携帯の画面を見た麻紀は、はたと動きを止めた。 携帯の画面には十時、心療内科というメモが表示されていた。 あ、今日行かなくていいんだ。 そう思い至った麻紀は、着替えの途中でベッドに横になり、声を出して笑った。 自分が今までいかに惰性で動
麻紀は以前から、自分が精神疾患を持っているだろうと考えていた。 特に就職してからというもの、耐えられないことが多かった。 今は便利な時代で、少し検索すればおおよその診断は自分で行える。 それでもちゃんと専門科を受診しなければ本当のことは判らない。 そう考えて、自分の勘違いだ、思い違いだとみて見ぬふりをしてきた。 確かにとうの昔に、麻紀は限界を迎えていたのだ。 毎日吐き気がすることのどこが勘違いだろうか。 休日に吐き気がしたことなんてなかった。 これのどこ
それから麻紀は園田に抱えられるようにして店に入り、そのまま休憩室に運ばれた。 園田に運ばれて椅子に座らされ、ぐったりしている麻紀を見て、最後に出勤してきた店長が目を丸くした。 店長が何か話しかけているが耳鳴りがひどくて聞こえず、おまけにめまいで視界も悪いので、麻紀は店長の顔があるであろう方に顔を向け、目を細めて首を傾げた。 麻紀が聞こえていないことに気づいた店長は、口を大きく開けながら休憩室を後にした。 後日判ったことだが、そのとき店長は社長夫人に声を荒げたよう
いつも通りの日々が繰り返されていた八月が終わろうかという頃のこと。 麻紀は朝起きて自分の身体の異変に気がついた。 毎日出勤するために身体を起こし、顔を洗い。 着替えている最中は嗚咽を我慢する日がもう何年も続いているのだが、それとは違う。 胃が痛い。 いや、痛いというよりも、胃の中をまるで丸めた新聞紙で擦られているような感覚がするのだ。 そしていつもの吐き気がさらに増している。 しかし麻紀は身体の異変を無視して出勤した。 麻紀の体調が悪化したのは、その日
何事かと思い恐る恐る顔を上げると、運転席のドアが開いた。 「おいで」 前回会ったときのようにへらへらとした態度ではなく、真剣な眼差しで手を差し伸べる八神は、呆気に取られて動けないでいる麻紀の腕を引いて車の外へ誘導した。 状況が呑み込めない麻紀の手を握って八神はそのまま走る。 青い着物が風に舞って視界が限られる中、ついて行くしかない麻紀は必死に足を動かした。 車から少し離れたところに登山道があり、八神は麻紀の手を離さないままその道を駆け上がった。 少しして