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【連載】藍玉の付喪神【第31話】


 八神が一歩前に出る。塊はずっと麻紀を手招いている。

「残念ながら、あれらと君のお父さんを切り離すことはもうできない。だから一緒くたに斬ってしまわないといけないんだけど、最期に何か言いたいことはある?」

 にこりと笑って振り返った八神と塊を交互に見て、麻紀はぐっと唇を嚙む。
 八神はいつの間にか刀を握っていた。

 麻紀の涙はもう止まっている。
 奥歯をかみしめると麻紀は顔を上げた。

「もう、大丈夫」

 塊が手招きをやめる。
 麻紀は一歩踏み出して、八神の隣に並んだ。

「もうええんよ。私は大丈夫」

 塊は身体を強張らせ、無数の手をだらんと下げた。

「ごめんな。今まで護ってくれてありがとう」

 麻紀の目からまた涙がこぼれ始めていたが、それでも文則に精一杯の笑顔を見せた。
 塊はじりじりと後ろへ下がる。
 時折細い腕を伸ばそうとするが、やはりだらんと下げてしまう。

 じりじりと下がっていく塊を麻紀も八神もじっと見ていた。

「だ、ジョ……?」

 細い腕が塊の頭を抱えるように動く。
 赤い口がもごもごと動かされ、何やら呟いているが、こちらまでは聞こえてこない。

 八神が一歩前へ出る。

「長い間心配されたことでしょう。しかし彼女はもう、大丈夫だと言っていますよ」

 塊が動くのをやめ、無数の目が麻紀を見る。
 とても疑わしげな目だった。
 麻紀は無言でただ頷いた。
 それを見た塊はとても安心したように目を細めた。

 恐らく笑っているのだろう。
 しかしその直後、全ての目がかっと見開かれ、全ての腕がぴんと伸ばされ麻紀に向って覆いかぶさろうと動き出す。
 大きな口はだらしなく開かれて何もかも吸い込んでしまいそうだ。

 悲鳴とも雄たけびとも取れない塊の叫びがあたりに響く。
 八神は刀を構えて駆けだした。

 一瞬、白い筋が走ったかと思うと、塊はぴたりと動かなくなった。
 塊から白い光があふれ始めた。

 その光はだんだんと大きくなり、やがて塊を呑み込んだ。
 そして最期に一瞬強く光ると、辺りは昼間のように明るくなった。

 ほどなくして光が収まると、麻紀を呑み込もうとしていた重く苦しい、気持ちの悪いどろどろとした黒い塊は、最初からそこにいなかったというように、跡形もなく消えていた。
 八神が刀を鞘に納める。

「よほど大事にしていたんだろうね、これ」

 八神はあちらこちらに散らばった石を、一つ一つ拾い集めながら言う。
 その声は淡々としていて呆れているようだった。

 八神が何を言いたいのか解らずに、麻紀はただ茫然と石が拾われていくのを眺めているだけだった。
 八神は呆けている麻紀を見て短くため息を吐くと、麻紀の前に膝をついて手を広げる。

「これが君の守護石、藍玉。それから青藤と白磁色の縞模様のが……」

 八神は掌から一つ一つ石をつまみ上げて、麻紀に見せながら石の名前を羅列していく。

「今拾えるのはこれで全部かな。でももうこれは捨てた方がいい」

 捨てた方がいい、そう言われて麻紀は困惑した。

 確かにゴムが切れてばらばらになってしまったけれど、新しく通し直したらまたいつも通りに戻るはずだ。
 無くなってしまった石はまた探しにくればいい。

 それなのにどうして、捨ててしまわなければならないのか。

「ど、して……」

 うまく言葉が出ずに詰まってしまう。

「どうしてって、もうこれは君を護ってはくれない。それにこんなに欠けちゃってる」

 麻紀の言葉に、八神は呆れたようにため息を吐きながら、一番大きな藍玉を目の前に差し出す。
 それは大きく欠けていて、黒く変色していた。

「別にいいよ? これを後生大事にまた繋ぎ合わせても。ただこれから先は、これが君に災いを運んでくるだろうね」

 麻紀が藍玉を受け取ると、八神は立ち上がってもう一度石を探し始める。
 その姿を力なく眺めながら、麻紀は指で藍玉をなでる。
 目で見なくても分かるくらいに藍玉はひどく欠けていた。

「それは長い間、君が肌身離さず持っていたものだ。今回のことから考えて、相当の……えー、おもいが込められているからね。形が丸く整っているならまだしも、欠けてしまってはそれを補うために何を引き寄せるかわかったもんじゃない」

 言葉に詰まった八神が一瞬麻紀を見たが、すぐに逸らして言葉を続ける。

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