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私を救った感謝のことば3選

こんにちは。あすぺるがーるです。

「#君のことばに救われた」のハッシュタグを見て真っ先に思い浮かんだのは、この1年で出会った人たちからのことばでした。


素朴ながらも心からの言葉があまりにたくさんありすぎて、何から書こうか迷ってしまいました。


そこで今回は 「感謝」にテーマを絞って、私が救われた言葉と、その言葉にまつわるエピソードを3つ紹介しようと思います。


「物資提供だけでも助かります」

それは、大学の文化祭でのこと。


文化祭で、私たちのクラス(リンク先 「学生生活に思うこと」 参照) は食品の出店を出展した。


出展にあたって、クラス委員の男の子がクーラーボックスの貸し出しをお願いしていた。

そのとき、私は納戸にクーラーボックスがあることを思い出した。


母に貸し出し許可をもらったまでは良かった。

しかし、実際に持つとクーラーボックスはかなり重く、大学の最寄り駅の前で私は力尽きてしまった。


行きはクラスの男子に持っていってもらって事なきを得たものの、問題は帰り。

文化祭当日は休日だったため、父に持ち帰りをお願いしようとした。


しかし当日、出店の前に来たのは母。

父と一緒に車で来て、父を車に残してきたらしい。


持ち帰りの手配をしてくれた例のクラス委員の男の子に対して、母は

「うちの子が迷惑かけてごめんなさいね~何もできなくてごめんなさいね~」 。


ああ、母を呼ぶとこうだから父を呼んだのに。


そのとき、彼は

「いえいえ、こうして物資を貸し出してもらえるだけでも、僕たちすごい助かってますよ」

と言ってくれた。


母の言葉には憤りを感じたが、能力やら体調やらの都合で、労働力をあまりたくさん提供できてないのは悲しいぐらい事実で。

そんな中で私に残された 「ほんの少しのできること」 に彼がくれた感謝のことばに、文化祭が終わったあと、私はこっそり泣いた。


繰り返しの 「ありがとう」

「自分は何もできない」 と思う人へ』 を下書きしていたときのこと。

常に精一杯の頑張りでクラスを支えていながらも無力感を感じ続けている2人に宛てて、私はメッセージを書いた。


あくまでもポジティブな内容のため、事前承諾は取らないつもりだった。

しかし、以前SNS上の発言でトラブルを起こしたことを思い返し、メッセージを宛てたうちの1人のあっきーには事前承諾を得ることにした。


今見返しても恥ずかしいぐらいのベタ褒め。

本記事ではしれっと女友達と並べて書いているが、あっきーは男子である。


男子に馴れ馴れしく接するとたいがい事故を起こすのが、私だ。

クラスでそんなことを起こしたくはない。


記事のスクショを送ったあとの私の心は、ちょっぴり震えていた。


そのときの、彼の返信。

ありがとう!!!
おれなんかのためにこんなに書いてくれて嬉しい!
こういうのを言ってくれるのは結構気持ち楽になって助かる!
ありがと!!

言葉に乗せた思いが歪むことなく伝わったのを知って、私の肩から力が抜けた。


「いつも助かってます!」

彼女のことを書くことなくして、この記事を終えることはできないだろう。

それぐらい私は、彼女に救われてきた。


文化祭が終わって間もない7月頭、早くも、夏休み明けの体育祭の運営が決まりつつあった。


体育祭では競技とダンスパフォーマンス (以下、「パフォーマンス」)を行うことになっているが、このうちパフォーマンスは、授業と同時進行で練習を進める。


私は発達障害の特性上、体力のなさが目立つ。

そのためパフォーマンス練習と授業の両立は私には困難と判断し、先生の合意の元、パフォーマンスに参加しないことになった。


その後、パフォーマンスのクラスリーダーとなった彼女に、障害名を含めたパフォーマンスへの不参加の旨をLINEで伝えた。

元より、彼女とは何事も気兼ねなく話せる間柄ではあったが、彼女への正式なカミングアウトはこのときが初めてだった。


これに対しての、彼女の返信。

わかった、連絡してくれてありがとう😊
私たちも少しでも○○(私)が楽しんでくれるように、色々考えてみるね。
○○(私)がクラスのために頑張ってくれるの、本当に嬉しくて、こっちまでやる気が出るからいつも助かってます!
また決まってきたら細かく連絡するので、よろしくね
✌️

先ほども書いたが、私はクラスのためにほとんど働けてない。

彼女の1/10も働けてない。

モノを貸したりあげたりするぐらいしか、できることが、ない。


そんな私に──


そんな私のために──



彼女の 「誰かのため」 のひたむきさが、もっと報われますように。



さいごに

人は、人のことばに救われて、勇気をもらって、
次に進むことができるのだと思います。

これは、note公式の 「#君のことばに救われた」 コンテストの企画背景の一文の抜粋です。

「ことば」で誰かを「救う」 なんて大それたこと、できっこない。
でも、自分がことばに救われてきたから、あながち嘘じゃないかもしれない。


両方の考えが頭をよぎりました。


私が 「救う」 のハードルを高く見積もりすぎてるだけなのかな。

どうやら、そのようです。


今日紹介したことばたちも、特に私を救うという意図を持ったものではないと思います。


では、私を救ったのは一体何だったのでしょうか。

それは、それぞれのことばにこもった率直な気持ち、それに他ならないと思います。


結局、私がことばに救われた恩に報いるには、「ありがとう」と感じたその時に「ありがとう」という、それに尽きるのかなと思いました。


だから、私は今、ここで言います。


みんな、いつもありがとう。

体育祭の準備、お疲れ様。

私にできることがあれば何でも手伝うから、無理はしないでね。







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