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友人になりたかった人の話


突然ですが、貴方の人生にもひとりやふたり、あの時友人になっておけばよかったと思う人間がいるんじゃないでしょうか。

私にも例に漏れず一人だけ、本当に学生時代、勇気を出して友達になっておけばよかったなあと思う男の子がいました。
顔の濃い、いつもブレザーの前を開けて、ネクタイを揺らしながら歩いていた、教室でカレーを食べるような男の子。
ここでは、名前を《舎弟くん》としておきます。なんで?って思うかもしれませんが、理由は後々分かると思います。

さて、何で友達になっておけはよかったなと思ってるかというと、単純に趣味が合ってたのと、とんでもない奇人だったからなんですよね。


こういう色紙が表紙のプロフィール書いた爆弾みたいな冊子
みんな書いたことあるでしょ

学生時代って親睦を深めるために、クラスが決まった時謎にプロフィールを書いて、個人情報爆弾みたいな冊子を作るじゃないですか。私も例外なくその爆弾作成に加担したんですが、舎弟くんの書いてた好きなものの欄が「好きな芸人/ラーメンズ」「好きなマンガ/燃えよペン」だったんですよ。凡そ10代の学生が書くような内容じゃなくないですか?30代のオッサン?かくいう私も、学生時代ラーメンズが本当に好きだったので「ああ、趣味が合いそうな人が居るなあ」と思っていたんですよ。


少しだけ話は変わって、学生時代ってチャリ通学してる人多いですよね。お金かかんないし、チャリ漕いでも疲れない肉体を持ってるし。
私も今より格段に体力があったのでチャリ通学だったんですが、舎弟くんもチャリ通学だったんですよね。しかも、私がいつも駐輪場で自転車を停めてる場所の近くに自転車を停めていたのでよく鉢合わせてたんですよ。(ちなみに下駄箱もめちゃくちゃ近かった)
なので、よくすれ違うなあとか、前にいるなあとか、そんな雰囲気の男の子だったわけです。
私は学生時代、出来れば即帰したい陰キャのダンゴムシだった(昼で終わる日は笑っていいとも!を見たかったのもある)ので、HRが終わったあと直ぐに教室を出ていたんですが、舎弟くんも同じタイプなのかいいともをどうしても見たかったのか、帰宅タイミングが鬼ほど被るんです。
最初のうちは「よくご一緒しますね!ホホホ」くらいの気持ちだったんですけど、それが重なると内に秘めた少年心が「コイツに速さで負けたくねえ」と訴え始め、勝手に私の中で対抗心が生まれ始めた訳です。
そこからは骨肉の争い……もとい効率の争いですよ。いかに早く帰れるかを考えながら、先を越されたら凄まじいスピードを出して追い越せるように併走する日々。摩耗したタイヤが耐え切れる訳もなく、タイヤ交換を余儀なくされたことも少なくありません(私が単純に重くて自転車に負荷がかかってただけかもしれないけど)。
すると舎弟くんもなんとなく同じことを思っていたのか、偶然なのかは分かりませんが、即帰チャリ通RTAがめちゃくちゃ白熱したわけです。勝敗は割と五分五分だった気がするし。
それで、なんとなく「戦友(ライバルと読む)」みたいな気持ちになっていた訳です。



そんなある日、いつも通りチャリンコレースに興じようかと思っていたら、下駄箱で遭遇した舎弟くんに話しかけられたんですよ。なんて言ったと思います?
「姐さん」
???
どういうこと???知らん知らん何?怖っ
そりゃあビビりますよね、急にそんなに話したこともない、して会釈程度の男の子に急に姐さんって呼ばれるの。何?来る世界線間違えた?
さすがの私も混乱したので「アッス…ナン…ナニ…?」みたいなカオナシ顔負けの返答を返してしまったんですが、そうしたら凄くいい笑顔で言うんですよ。
「姐さんに言われたとおり、例の政治家は消しておきましたんで!うちの組、ズブズブの癒着ッスからね!」
誰と間違えてるの?????????
よくもまあそんなに知らん話のオンパレード出来るな。お前すげえよ、新規情報のデパート?
そこで私はピンと来ました。コイツ…私にならボケてもいいと思ってやがる…ッ!
なんでやつだ…私が陰キャとしてそっと生きてる中で私の中の「芸人魂」を嗅覚で嗅ぎ分けていやがったッ!無類のお笑い好きの私がこの誘い水に乗らないわけが無いと知りながら…ッ!!しかし素直につっこんでやる程私は甘くないぞ小僧!!
「私姐さんだったんだ。ありがとう、今後ともよろしく」
これでどうだ!?柔らかくつっこんだ後の被せボケだオラッ!!!!どう出る?!と私が身構えていると彼は爽やかな笑顔で「また何かあったら俺やりますんで!じゃっ!」と昇降口から去っていきました。
なんだったんたよアイツ…不思議なこともあるもんだ…と首をかしげ、靴を履いた時私は気づきました。
アイツ、私より先に自転車の方に向かいやがったな!!!!!!!!!!!!
どこまで作戦なのか、私にただ話しかけたかっただけなのかは分かりませんが、その日のチャリンコレースは負けた記憶があります。なんなんだよ。

その日を境に、舎弟くんが何度か話しかけて来ることがありました。
「姐さん!まだ……俺納税が……ッ!!小指で勘弁してくだせえ!!この米は!この米だけはッ!!(何かを守るジェスチャー)」
「姐さん、お疲れ様ですッ」
「あ、絵上手いっすね(美術の時間素で漏れた声っぽい)」

常に三下ムーブをする舎弟くんは、どうやら私と同じ暴力団組員の下っ端らしく(一応言っておくが、そんな事実はまるでない。彼の中の設定だ)、姐さんと慕われる日々。話しかけてくる回は少ないが、何度か言われた言葉は鮮烈なものばかりで未だに記憶に新しい。なんなんだよそのキャラ。
その中でも印象深かったのは舎弟くんとの付き合い(友達ではなく同級生くらいの距離感だ)も長くなってきた夏のある日、駐輪場で遭遇した舎弟くんに言われた一言でした。



その日はチャリを押している私と、今しがたチャリを出そうとしていた舎弟くんがすれ違ったんですが、なんかちょっと笑ってるんですよ。私なんかしたかな?と思って首を傾げながら歩いていたら、舎弟くんが元気な声で「姐さん!!」と私を呼んだんです。
なんだろうと思って振り返った、そこに居たのは……。
腰を落とし、手のひらを上に向け、綺麗なお控えなすって!のポーズをした舎弟くん。
な、なんか始まった!!!!!!!!!!いつもなんで急に始まるんだよ!!!!!!!
困惑して足を止める私を見て、続けて舎弟くんは元気な声で言います。
「組長就任おめでとうございます!!!」
「私組長になったの!!?」

ボケが尖りすぎだろ!!!!!!流石に咄嗟にツッコんでしまった。何だよ知らないんだよお前の組の内情は!前組長はどうしたんだ?まさか死…??
困惑に困惑を重ねる私に舎弟くんは深く頷いて、「姐さんが組長ならうちの組も安泰っすね」と言っていました。お前の私に対する根拠の無い信頼はなんなんだ。
よく分からなくなって私も自分でなんでそんなこと言ったのかは覚えていないんですが、「ありがとう」って素直にお礼を言ってしまったんですよね。組長でもないのに。その後普通に手を小さく振って帰ったんですが、田舎特有の新鮮な風を浴びながら、「なんだったんだ……?」という不可解な気持ちになったのを覚えています。



そんな彼と、長く続いた会話が一つだけあるのですが、それもまた奇妙で、私がたまたま先生に用事があって教室に残っていた放課後、掃除当番だった舎弟くんが私に「あんまり遅くまでいると、鬼に食べられちゃいますよ」と声をかけてきたんですよね。何者なんだお前は。
私が笑いながら「先生に用事があってちょっと残らなきゃいけなくてさ」と答えた時、彼は少し考え込んだ後、深刻そうな顔で言いました。
「だからタバコはちゃんと隠れて吸えって言ったじゃないですか!」
吸ってねえよ!!!!!!!!!!言われてもねえ!!!!!!なんなら喘息になったから相談に行くところだったわ!!!!!
咄嗟に口から出そうになるツッコミをグッと飲み込んで、フン……ここはお前のボケに乗っかってやろうじゃねえの……という強い心を持つ私。
「そうなんだよね、ちゃんと校舎裏で隠れてセブンスター吸ってたんだけど」
「ダメっすよ、わかばとか吸わないと」
「舎弟くんはなんか吸ったりしないの?」
「俺はヤニは吸わないんで。別のもん吸います」

凡そ学生の会話では無い。今考えて思えば私もなんでそんなノリ方したんだよ。明らかに30代のおっさんの会話じゃねえか。でもなんかその時はすごく楽しかったんだよな……不思議と仲のいい友人と軽口を叩くようなテンポで話せるんですよね、舎弟くん。本当に何者だったんだ。
まあ例のごとく、その誘い水に乗らない手はないと、私は「じゃあ何吸ってるの?それ合法?」と聞いたら、舎弟くんは曖昧な笑みを浮かべて、私に言いました。
「納豆巻きです。その辺のやつに牛乳渡すとくれるんすよ」
勝てねえ~~~~~~~ッ!!!!!!なんなんだこの男!!!!!ななな納豆巻き!?!?!?数ある海苔巻きの中で何故そんなに吸いづらそうなものを?!!絶対鉄火巻とかの方が吸いやすいよ!いやそういう問題じゃないんだけど。
もうめちゃくちゃツボっちゃって爆笑した記憶があります。残念ながらこのあとすぐ先生来て会話は終わっちゃったんだけど。舎弟くんと唯一長めにした会話これなんですよ。そんなことある?

長々と話してきましたが、こんな面白人間、友達にしないのもったいなさ過ぎませんか?その価値に気づいていなかった過去の私、すごく馬鹿だなあと今では思います。
普通に趣味も合いそうだったんだよな、舎弟くん……。
詳細は省きますが、共通の友人に私が貸したルネ・マグリットの画集に興味を持った舎弟くんにそのまま画集又貸ししたり、文化祭のポスターを描くという瞑目で私がクソサボりしてた時、会話は一切発生しなかったけど同じ教室でサボってたり。あとなんか美術の時間に見たシュール系の絵を描く画家の作品紹介動画を真面目に見てるの、私と舎弟くんくらいだった気がする。

なんとな~くふんわり、すごく趣味が合いそうな気配があったのに、適度に他人すぎて全然友人になれなかったんですよ。青春の1ページって感じですよね。なんか常に様子がおかしいけど。
大人になってふと思い返して、「ああ、もったいなかったなあ」と思うような、ノスタルジックにさせてくれる昔の思い出です。なんか変だけど。

舎弟くん、もしまた君と話せるなら、ひとつ言いたいことがあるんだ。
卒業式の帰り道、自転車に乗りながら、大きく振りかぶって川に投げ捨ててたモノ、何だったの?
多分それが気になりすぎて君のことが忘れられないから、私が年老いて死ぬ前に教えてくれ。頼む。本当に気になるから。

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