見出し画像

麻雀は文字通り人生そのものである

アナログゲーム、テーブルゲームと呼ばれる遊びの中で、僕は麻雀が一番好きです。
友達と雀サーを立ち上げて学生大会に出るくらいには。

麻雀の面白いところはたくさんありますが、一番は友達と喋りなができるところだと思っています。
プロリーグがあるくらいですから競技性があるのも間違いありませんが、僕としてはパーティーゲームの側面が強い。
逆に一番の難点は4人必要なゲームってこと。
ルールの複雑さと相まって、麻雀の敷居を大きく上げている要因だと思います。
三麻は麻雀の形をしたナニかだと思っているので認めてません。

以前から麻雀のルールは理解していて、ネット麻雀なんかはたまにやっていましたが本格的に始めたのは大学に入ってから。
オタクくんが麻雀を始めるきっかけなんて9割がたわかりきっていて、僕もその一人。
美少女奇乳ロリレズ超能力麻雀漫画の『咲-Saki-』から入りました。
僕は咲のことを麻雀版イナズマイレブンと呼んでいます。
本編も阿知賀もアンソロジーも全部原作を買うくらいには大好きな作品です。

画像1

一番好きなキャラは愛宕姉妹の姉貴のほう。
かませ感溢れるビックマウスぶりなのに、その発言に偽りない実力の持ち主なところも、妹と仲良しなところもだいすこ。
のどっち・辻垣内・セーラと並んで無能力者最強の代表格だと思います。
僕とは真逆ですが、口ぶりと雰囲気に対して守りに強いという堅い打ち筋もすきすきポイントです。


このまま咲の話を続けるのも悪くないですが今日の本題はこちらではなくてですね。
先ほどパーティーゲームとして~なんてほざいたりしてましたが、対人ゲームである以上やるからには勝ちたいもんです。
何かの上達を目指すときは上手い人の真似をすることが一番の近道とゲームで学んだ僕は、プロ雀士の記事なんかを読みます。
その際に、「麻雀は人生みたいなもんですからね~」なんて麻雀哲学を語るプロ雀士は数多いです。
麻雀はビジネスに役に立つから社会人からでも始めよう!なんて謳うビジネス雑誌もよく見かけます。
サイバーエージェントの藤田晋社長なんかは、敏腕実業家であると共に凄腕の雀鬼であることでも有名ですよね。
自著やインタビュー記事で仕事と麻雀の共通点をよく語っているイメージがあります。

こちらの記事では、麻雀は運7:実力3と言っている藤田社長。
この運と実力の割合をどう考えるかは結構人それぞれで、その人の麻雀に対する考えが見える良い指標だと思います。
僕の考えは運6.5:実力3.5です。


麻雀がビジネスに活きるかは、社会人という立場から遠い位置にいる社会不適合者の僕にはまったくもって分かりません。
が、麻雀が人生のようなものであるというのを聞いて、凄く腑に落ちるものがありました。
麻雀と人生。この二つの共通点を冷静に考え直してみるとたくさん見つかったので、ここにまとめておこうってのが今日の本題です。


1.配牌は選べない。生まれも選べない。

麻雀はまず、自分の最初の手札である13牌を配られる所から始まります。
ここからツモっては切りツモっては切りを繰り返して、完成形を目指していくのが麻雀というゲーム。
配牌は麻雀の重要な要素の一つです。
配られた時点で完成形に近ければ早いあがりを期待できるし、高得点の役が配牌の時点で狙える時もある。
上手い人は、配牌を配られた時点で降りることを判断する人もいます。

この配牌、人生に置き換えると生まれてくる家庭と持つ才能といえるのではないでしょうか。
欲しい牌を選んで配牌を決められないように、どの親の元に生まれてくるか子供は選ぶことはできません。俗にいう親ガチャ。
恵まれた環境に生まれた生まれれば、出来た人間、人間としての完成するのが早いでしょう。
逆に、生まれが悪ければいつまでたっても成人しきれないし、あがりきることはできません。
しかし、平等に巡目が回ってくるように時間の流れもまた平等です。鳴きでのズレは置いといてですが。
同じ年齢でも人間としての中身にばらつきができるわけです。

また、どの才能を持って生まれるかということも配牌に近いものがあります。
これはド高い手に行けるな…という配牌から、どう頑張っても2000点止まりって配牌もある。
生まれたときにドラをいくつ持っているかは、非情にも平等ではないのです。


2.牌効率が良ければ受け入れが広くなる。努力をすれば人生の選択肢が広がる。

運の要素が強い麻雀ですが、上手さが出る部分もたくさんあります。
その一つが牌効率と呼ばれるもの。
どうすれば一番手が進みやすくなるか、ツモの受け入れが広くなるかということを考えながら、どの牌を残してどの牌を切るかを判断する技術です。
もちろん、これは打ち手次第、実力の内ですね。

これは人生でいうところの努力や勉強と言えるでしょう。
配牌(才能)は選べないし、ツモ(チャンス)も選べません。
ですが、勉強をしておけば進む道の選択肢が増え、モノにできるチャンスの種類や数も増えます。
どれだけ運に恵まれていなかろうが、結局は自分次第ってことです。
ただ、同じ実力の人が良い配牌と悪い配牌で戦えば良い配牌の人が勝つように、才能のある人と才能のない人が同じ努力をしても上を行くのは前者なんですよね…


3.上がると他人から点棒を奪う。成功の裏には他人の失敗がある。

麻雀は基本25000点を持ってゲームが始まります。
これが四人ですから、合わせて100000点。
この数字が変わることはありません。限られた点数の奪い合いをするのが麻雀です。
ロン上がりをすれば振り込んだ人から点数を奪うし、ツモ上がりをすれば他三人から点数を奪います。

麻雀であがりをできる人が一人であるように(ダブロントリロンもありますが)人生で大きな成功を収められるのも一握りです。
その大きな成功の裏では、その成功(あがり)を目指していた他の人たちの失敗があります。
限られた資源やお金を争って生活している現代、全人類皆幸せになることはできないのです。


4.あがり牌を他人が抱えていたら上がれない。他人と同じことをしつづけていては成功はできない。

麻雀は34種類の牌を使って遊ぶゲーム。
34すべての牌が4つずつあります。
巡目が進んで中盤・終盤になってくると、この牌の残数というのも重要な要素。
例え四面張でテンパイしていても、そのすべてのあがり牌を抱えられて出なければあがれないのが麻雀です。
あがりを決めれるには、河に捨てられた牌を見るだけではなく、他のプレイヤーがどのような牌を抱えてあがりを目指しているのかも予測し、そこがあがり牌に被らないようにする必要があります。

人生もまた同じ。
初めこそいいかもしれませんが、同じ人の前倣えをし続けていては何も生まれません。
いつかは自分で考え判断することを求められる日が来るでしょう。
また、そこらにいるような同じ人間ばかりでは何の魅力もありません。
必要なのは『個性』。これからの世代に言える事なのではないでしょうか。


他にも共通点はまだまだありそうすが、パっと思いついたのはこんくらいですね。
要は麻雀も人生も運ゲーってのは間違いない。
ただ、麻雀は何回も繰り返して最終的な点数で勝敗が決まるゲーム。
数を繰り返せば繰り返すほど実力が現れます。
対して人生はたった一度きり。
どんなに配牌が悪くても、3家リーチがかかっていても、次はありません。
降りることはできないんです。

そう考えると…やっぱ人生ってクソゲー。

オットセイに課金してもガチャは回せません。