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ラメセス3世葬祭殿3Dスキャンプロジェクト〜ワールドスキャンプロジェクトの挑戦

ナイル川西岸に位置するルクソールは、太陽が沈む方向であることから、王家の谷やハトシェプスト葬祭殿など、死を象徴する遺跡が数多く残されたエリアとなっています。

なかでも、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)が3Dスキャン調査を行ったラメセス3世葬祭殿は、その壮大な構造と壮烈な戦いの記録から、ラメセス3世の偉大な業績を後世に伝える重要な遺産となっています。

ラメセス3世葬祭殿
Mortuary temple of Ramses III, Luxor, Egypt
Photo by Diego Delso via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0 DEED)

新王国時代最後の大王:ラメセス3世

第20王朝2代目の王としてラメセス3世が即位した当時、エジプトはリビア人や「海の民」と呼ばれる異民族の攻撃に晒され、経済的な問題による国力の低下に苛まれていました。ラメセス3世はそのような時代の流れを打破すべく、数多くの戦争を指揮して外敵からエジプトを守り抜き、後世では「新王国時代最後の大王」と評されるようになったのです。

彼の葬祭殿(メディネト・ハブ)には戦いの記録が残されており、巨大な塔門にはラメセス3世が敵を鷲掴みにして打ち倒し、ルクソールの最高神であるアメン・ラー神に捧げるシーンが描かれました。また、レリーフの下部には征服した土地の名前が書かれており、混沌を鎮め秩序をもたらした彼の功績を称えています。

ラメセス3世のレリーフが残る第1塔門
Luxor (Egypt): the first pylon of Ramses III temple at Medinet Habu
Photo by Marc Ryckaert via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0 DEED)
打ち倒した敵をアメン・ラー神に捧げるラメセス3世
外壁には王と王子たちが野生の牛を狩る姿が見られる

「海の民」との戦い

ラメセス3世が行った戦争の中で、最も有名なのが治世8年の「海の民」との戦いです。「海の民」はペリシテ人とシャルデン人など、複数の異民族によって構成された連合軍であり、豊かなエジプトの土地への定住を目的とし侵入を試みました。しかし、ラメセス3世率いるエジプト軍は「海の民」の侵入を退け、次いで水路からの上陸も阻止することに成功しています。

激しい攻防の様子は塔門北壁に刻まれており、敵の軍船や攻め入るエジプト軍の姿が見られます。さらに、矢で敵を狙うラメセス3世の足元には敵の死体が描かれており、彼の勇猛さを伝えています。

「海の民」との戦いの様子が壁一面に描かれている
海の民に向けて矢を射るラメセス3世
Earlier Historical Records of Ramses III
The Epigraphic Survey, University of Chicago

様々なレリーフが残る中庭

ペリスタイルの第1中庭にはオシリス柱が並んでおり、壁には手首を切られた捕虜たちの姿が生々しく描かれました。また、中庭ではレスリングのような格闘技が行われ、その勝者は王から褒美を授けられていたようで、相手を持ち上げたり羽交い締めにする様子を描いた壁画も残っています。

第1中庭にそびえ立つオシリス柱
Luxor (Egypt): first courtyard of Ramses III temple at Medinet Habu
Photo by Marc Ryckaert via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0 DEED)
捕虜の手首が積み上げられている(画面中央)
中庭で行われた格闘技の様子

第2中庭には、冥界の神ソカルを祀る「ソカル祭」と豊穣の神ミンを祀る「ミン祭」の美しいレリーフがあります。豊穣の神ミンは陰茎を勃起した姿で描かれており、供物としてレタスが彼の元へと運ばれました。これは、新鮮なレタスを折った際に茎から出る乳白色の液体を、精液と同一視したためであると考えられています。

第2中庭
second courtyard of Ramses III temple at Medinet Habu
Photo by Marc Ryckaert via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0 DEED)
豊穣の神ミン神を祀る「ミン祭」のレリーフ
ミン神の後ろにはレタスを担いで運ぶ人々が見られる
Festival Scenes of Ramses III
The Epigraphic Survey, University of Chicago

列柱室の天井には澄んだ青色の装飾が現存していますが、これほど美しい保存状態の遺跡は滅多になく、古代エジプト人の色彩感覚を読み解く資料としてもその価値は非常に高いと言えるでしょう。例えば、彩色に多く用いられている青色は、空や水を象徴しており、神聖さや永遠を意味する重要な色であったと考えられます。このように、葬祭殿の細かい装飾に合わせて配置された彩色の一つ一つが、深い宗教的意味を持っているのです。

列柱室の天井には鮮やかな色彩が残っている
Medinet Habu - Temple of Ramesses III , Luxor, 3 Jan 2011
Photo by anagh via Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0 DEED)

ラメセス3世葬祭殿の至聖所

最奥にある至聖所は本来薄暗く造られましたが、損傷が激しく、列柱室も含め屋根が全て無くなっています。しかし巨大な石柱や彫刻は建造当時の面影を残しており、壮大な空間であったことが窺えるでしょう。

至聖所の手前に造られた列柱室
Luxor (Egypt): the first or great hypostyle hall in Ramses III temple at Medinet Habu,
seen from the second hypostyle hall
Photo by Marc Ryckaert via Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0 DEED)

世界を、未来を、好奇心を、身近に

私たちワールドスキャンプロジェクトは、戦争の記録を残すラメセス3世葬祭殿をデジタルデータとして保存するため、神殿内のレリーフや構造物の3Dスキャンを行いました。遺跡に触れることなく詳細なデータを取得する作業は困難を極めましたが、チーム全員の協力により無事に成功しました。

このプロジェクトを通じて取得されたデータは、VRやメタバースへと姿を変え、研究者だけでなく、世界中の人々に提供される予定です。これにより、多くの人々がラメセス3世葬祭殿の美しさと歴史的価値を感じ取り、保全への意識を高めるようになるでしょう。

ワールドスキャンプロジェクトはこれからも、貴重な遺産を守り、次世代に伝えるための努力を続けていきます。もし活動にご興味があれば活動をフォローいただき、応援をお願いいたします。

ラメセス3世葬祭殿についてはこちらの動画もご覧ください。

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